iPhoneはいつも持ち歩ける写真アルバムでもある。

Leica M3, Planar T*2/50, Kodak Ektar100

電車やバスに乗るとほとんどの人がスマホをいじったりしていて、それはあまり素敵な光景ではないかもしれないけど、それでもいいなと思うことがあるとするなら、いつでもどこでも過去写真に気軽にアクセスできること。僕の場合だと、iPhoneのカメラロールにデジイチやフィルムカメラで撮った写真も保存してあるから、少し空き時間があれば気軽に過去写真を眺めることができる。

いまは写真データをクラウドに保存してるから、写真アルバムを持ち歩くというより、大量の写真倉庫ごと移動しているくらいのインパクトが実はあるのかもしれない。フィルム写真もプリントを常に持ち歩くのはたいへんだけど、こうしてデータ化してiPhoneに入れておけば、好きな時に写真を眺めながら少し空想チックなひとときを楽しむことができる。

写真はいいよね。おぼろげな記憶も写真でたどれば、音が聞こえてくるくらいその時の情景を鮮明に思い出すことができる。スマホカメラで撮った写真もいいけど、カメラで撮った写真ならその撮影シチュエーションまで蘇るところがあってけっこう感慨深い。僕のiPhone=iCloudには今、フィルム写真だけでも3000枚近くあるんじゃないかな。じぶんでいいなと思う写真はお気に入りに入れてるけど、基本フィルムで撮った写真はすべてデータを保存してある。失敗写真も含めて眺めたくなるのがフィルムの不思議なところで、そういう写真を眺めていると「次は同じようなシチュエーションならこう撮ろう」みたいなことを考えていると、あっという間に時間が過ぎてゆく。

まあ、いつまでもため続けるわけにもいかないから、いずれ写真整理が必要だとは思ってるんだけど、できればカメラで撮った写真はすべて持ち歩いておきたいという思いもあり、iCloudの容量をさらに増やそうかなと検討しているところである。そういう風にお金をかけてでも、過去写真を常に持ち歩けることっていうのはけっこう素晴らしいことだと思うんだけど、どうだろう。

古いカメラがいいなと思うのは、シンプルに奥深いこと。

Leica M3, Planar T*2/50

僕の場合は、デジイチの中でも機能的にシンプルであろうNikon Dfすら、メニュー画面の中の機能をほぼ使いきれていない。これすべて理解して使いこなしてる人がいるとするなら、それも凄いよなあと思ったりしてるくらい。もちろん、プロの人は極限までカメラの機能を引き出そうとするのだろうから、それでいえば最新のデジイチでも機能が足りないくらいかもしれないけど、僕のような面倒くさがりのただの写真愛好家には、あんなに機能があっても正直チンプンカンプンだし、そんなものをいじってる暇があったら、限られた週末の時間に一枚でも多くのシャッターを切りたいと思うんだな。

それに比べると、昔のカメラは実にシンプルでいい。感度はフィルムを入れたらいじりようがないし、機械式カメラにいたっては露出補正もない。ただ絞りとシャッタースピードを体感露出で合わせて、あとはピントを見てシャッターを押すだけ。このシンプルさが実に気持ちいいのである。けれど、シンプルな中にも露出を決めるゲーム的な要素や、その場で確認できない写りを想像してのレンズ調整、あとフィルム選びや現像の補正の方向とか、実は奥深い。このシンプルな中に掘り進んでいける深さみたいなのがいいんだよね。

カメラやレンズ、フィルムの「癖」みたいなものを追いかけ続ける楽しさとでもいえばいいだろうか。撮った写真をある種強引に撮りたい絵に近づけることはせずに、そのカメラの癖を最大限理解して、それを逆手にとって撮りたい絵を紡ぎ出すような感覚。そういうところに、じぶんとカメラとの共同作業で写真を生み出す楽しがあるような気がする。まあ、写真の楽しみ方は人それぞれだから、ハイテク機能をディープに突き詰める撮り方があっていいし、逆にほぼすべてオートで撮る楽しみがあってもいい。要はじぶんの楽しみたいスタイルのカメラと出会い、そのカメラとコツコツと対話して撮り続けることが大事、いや大事とかそんな大袈裟なことじゃなくて、ただただ楽しいということかな。この複雑な世の中で、オフタイムの時くらい複雑なものから解放されたいからね。

カメラは使ってみないと分からないから、一時的には増えてくけど、その後これぞというカメラに絞れていくんだろうね。

Nikon Df, 50/1.4D

カメラなんて一台あれば事足りるし、予備でもう一台持っておいたとしても二台もあれば十分だ。それでも多くの人がとても使い切れないであろう台数のカメラとレンズに手にする理由とは…それはやっぱり「カメラは使ってみないと分からないもの」ということなんだろうと思う。

もちろんフォルムに惹かれて所有したいと思うこともあるけど、多くの場合は「そのカメラならもっと理想とする写真が撮れるんじゃないか」とか「そのカメラのある生活を思い描くと心踊る」というシーンを心に抱き、ひとはまたひとつ新しいカメラやレンズを手にするんだよね、たぶん。

そうして実際に手にして使ってみると、ようやくじぶんとそのカメラやレンズとの相性が見えてくる。そこからひとはどのカメラを軸にしていけばいいか、少し未来みたいなものが見えてくる。そして、いわゆる断捨離へと進んでいく。本当にじぶんにフィットする最小限のボディやマウントに行き着き、そこを深めていくというプロセスということなんだろうね。だって一人のにんげんが使えるカメラには限度があるし、使い切れない数のカメラとレンズと時間を共にすることは少しフラストレーションにもなる。僕はそうだった。僕も今はいろんなカメラを試し中。そういう意味では少しカメラが増えすぎた感は否めないけど、これは過程であってじぶん探しの旅のようなものな気がする。

最終的には二、三台のカメラとつけっぱなしのレンズに絞れていく気がするし、たぶんそれは機械式カメラなんだろうなという思いがある。あ、でも、それはフィルムがいつまでも生き残ることが前提だから、そうではない様相を呈してきたらデジイチが手元に残る気もするし、時代ともにらめっこかな。まあ、なんにしてもそこまでのプロセスも楽しみだし、たどり着くであろう世界もまた楽しみなのである。それがカメラなんだろうね。

ことしの初スイム。これで僕の新年は明けた気分。

Speedo社のスイムゴーグル。

新年1月8日、ようやくプールが再開し、ことしの初泳ぎを楽しんできた。連休最後の夜ということもあり、スイマーも少なく、割とゆっくり泳ぐことができた。雨模様の天気も気にせず屋内で楽しめる水泳は、一度慣れるとプール通いも億劫じゃなくなる。

プールが休みの間は、体重管理で愛犬との長めの散歩やロードバイクに乗ったりしていたんだけど、やっぱり体重は少し増えてたから、ここからまた連日の夜スイム絞っていきたい。僕の場合はまだ一度に何百メートルもは泳ぎ続けられないから、50mくらい泳いではひと休みし、それを1時間ほど繰り返す感じなんだけど、それでも一年前のカナヅチだった頃を思い出すと、ずいぶんまともに泳げるようになってきた。今はひたすら疲れないフォームを模索中だ。そこを抜けたら念願のトライアスロン挑戦の夢も少し見えてくるんだけど、なにぶん年だからそこはゆっくり、じっくり、無理のないペースで。カメラとロードバイクと共に、僕の貴重な趣味の時間でもあるからね。

そうそう、高血圧が気になって始めたスイムでもあるんだけど、泳いだ後に血圧を測ると劇的に改善してることがわかる。血圧を下げる薬を飲んでいるおかげもあるけど、スイムは血圧を下げる効果も高いと思う。たぶん、水中で想像以上にリラックスしてる効果もあるんだろうね。速く泳ぐことより、リラックスして泳ぐ。それが僕のスイム。誰かと競うためにやってるわけじゃないのは、カメラやロードバイクと同じだ。じぶんと向き合う時間をつくりたい、そんな人にもスイムはおすすめだ。無心になれるところがあるからね。というわけで、心身ともにこれで僕の新年は明けた。いい年にしたいと思う。泳ぐようにしなやかな一年に。

カメラは「思い入れ」が最高機能だからね。

RICOH GR, 撮影はNikon FE, Ai50/1.8

田中長徳さんが毎日更新しているブログ「チョートクカメラ塾」によると、なにやら噂で「GRがフルサイズ化するかも」という話がカメラ好きの間でにわかに囁かれてるらしい。GRは僕にとってもちょっと思い入れのあるカメラで、このカメラとの出会いがなかったら、今の僕のカメラライフは無かったといっても過言ではないだろう。いま所有のカメラたちの中では、いちばん古株のカメラだからね。

僕のGRはAPS-C化した初号機。今のGRIIと呼ばれるモデルのひとつ前のモデルになる。先日、iOSのアップデートでスマホにデータ転送できるEye-Fiカードが使えなくなったこと以外をのぞけば、今もバリバリ使えるタフなカメラで、その小ぶりなフォルムと一眼レフ並みの写りでほんと重宝しているカメラのひとつだ。

そのGRがフルサイズ化するというのは、ある意味35mmフィルム時代の原点に返るわけだから、僕なんかは夢があっていいなと思う。ただ、噂だとレンズが沈胴式から固定式になることや少し大きくなるんじゃないかということで、それならAPS-Cのままで手ぶれ補正なんかを装備してほしいというような声があるのもなんか分かる気がする。でも、現GRユーザーとしていちばん気になる噂は、RICOHブランドではなくPENTAXブランドとして登場するんじゃないかという声。いやこれ、PENTAXが嫌いとかそういうことじゃなくて、GRとはRICOHブランドあっての称号だから、そこがもし変わるとするなら少々気持ち悪いなあというのが正直なところなんだよね。機能とはまったく関係ないところだし、むしろ新型GRは間違いなく機能が大きくアップするはずだろうけど、カメラの最高機能は「思い入れ」だったりするからなあ。さて、どうなるだろうね、噂の新型GR。何にしても楽しみであることは間違いない。

追記)「思い入れ」ということでいえば、僕のカメラはほんとどれも機能より思い入れのものばかり。Nikon FEもF2もF6、あとDfもどちらかといえば少し本道から脇道にそれた地味な存在のカメラたちかもしれないし、Konica C35も人気の高級コンデジなんかに比べると多少隠れた存在なのかな。Leica M3だってM型のシンボルみたいに言われるけど性能からいったらその後登場したM4以降のライカのほうが機能性に富むのは間違いない。そう考えると僕はやっぱり機能ではカメラを選んでいないんだよな。直感といわれればそうだし、じぶんではただただ思い入れ優先で選んだ結果だと思ってる。思い入れなんて、人それぞれ。その人がいいと思えば、そのカメラがたちまち「いいカメラ」ということになる。世間がいう「いいカメラ」なんてフレーズがまったく気にならなくなるから、カメラとは実に不思議なアイテムだなと思う。あ、プロの人はそうも言ってられないかだろうから、あくまでアマチュアのカメラ観の話だけどね。

20年後とは、今日とか明日が積み重なって出来ていく。

Nikon FE, Ai50/1.8, Fuji業務用100

成人の日だから、少し時間のことについて考えてみた。まず20年前を振り返ってみた。あまりに最近のことに感じて少し驚くけど、覚えてる分、一日一日がすべて必然で今があることがおぼろげながら分かる。ただ、必然ではあるけど、それはどれも計算して出来たものなんじゃなくて「結果そうなった」ということも明確だ。つまり、未来は描けるけど、20年分までは描くことはむずかしい。描けるとしたら、今日とか明日だ。これなら、意識して動ける。目の前の問題を解決する。疲れたからだを癒す。外国語のテキストを進めてみる。知らないことを本で学ぶ。今日とか明日なら僕らはじぶんの意思でコントロールできる。そう考えると、20年後のことを考えるのはやめにした。不安だったりもするけど、予測できないことをうねうね悩んでもしょうがない。やはりというか、今日とか明日をめいっぱい生き抜くしか僕らにはできないんじゃないかと。そして、それが人生というものの本質なんじゃないかと。かといってハードに攻めまくって生きるということではなくて、今の気持ちに素直に従って生きるということかな。僕はそんな風に思った。成人の日を迎えた人たちへ。この世は三年後すら予測するのはむずかしい。世界なんて三年もあればガラリと変わる。だから、予測しようのない未来を悲観したり夢見たりするより、今しかない時間をめいっぱい生きてほしい。人生は十代や二十代の時にイメージしたほど永遠ではないんだ。そして、残念だけど完全に巻き戻し不能。いまを生きることこそが、生命であり人生なんだ。

何を撮ったか忘れたフィルムの現像は、かなり楽しみな出来事だったりする。

Fuji Film 業務用100

フィルムを入れっぱなしだったLeica M3をようやく撮り終え、フィルムがFuji業務用100だったことが判明した。判明したと言うと大袈裟だけど、ISO感度が分からなくなると少々不安だったりするので、カメラの背面にあるISO感度記録メモダイヤルを利用しようと思う今日この頃である。

で、そのフィルム一本だけを昨日現像に出してきた。フィルムを使い切ろうと撮った後半の数枚は何を撮ったか分かるんだけど、その前の十数枚は何を撮ったかさっぱり思い出せない。まあ、業務用100を入れてたということは、たぶんふだんの週末のなにげない散歩写真だとは思うんだけど、それでもファインダーをのぞいた時の印象を覚えていないというのは、ちょっとしたビックリ箱を開けるようで楽しみなのである。

フィルムのことでいうと、僕の常用フィルムはFuji業務用100なんだけど、たまに少しここぞと思う時はFuji PRO400hだったりFujichromeリバーサルフィルム、あとはC-41現像できるモノクロフィルムILFORD XP2 400を使う。最近気になってるのはLomoの3本パックで¥1,000しないフィルム。銘柄は忘れたけど感度100だったかな。原作受け取りついでに1パック買ってみようかな。

そういえば、クレジットカードと航空機マイルが一年分たまってるだろうから何かに引換えなきゃだけど、今年もフィルム代や現像代にあてようかな。去年は特に現像/データ化代金であっという間にポイント無くなったけどね笑。冷静に考えたらそのポイントでカメラやレンズでも買えそうな額で、そのたびにもっとデジタルで撮る比率を上げようかなと思うんだけど、気がついたらあのフィルムカメラとフィルムの感触にやられて、フィルム生活からは抜け出せない。いや、別に抜け出したいわけじゃないけど笑。でも、どうだろう、趣味としては実はそれほどお金がかからない部類になるのかな。考えたら趣味の世界ってそれぞれどれくらいのコストがかかるんだろうね。ちょっと調べてみよう。カメラを肯定するために、なんてね。

息をするように、瞬きするように、曖昧な記憶を撮り続けるよ。

Konica C35, Fuji業務用100

明日は仕事始め。大人の冬休みも今日で終わりだ。夜になってアレもやっとけばよかった、コレもやっとけばよかったと少し物悲しくなるのは、子どもの頃から変わらない。まあだけど、やり残したことがあるのは希望の観点からいえば悪くなくて、鞄の中にRICOH GR digitalとフィルムコンパクトのKonica C35、予備のフィルムを詰め込んだ。大した野望ではないけど、日常を撮る気満々ではある。

Twitterなんかに流れてくる多岐にわたる写真を眺めてると、僕にはとてもじゃないけどカメラを持ってそんなフォトジェニックな場所へ出かけるバイタリティはないけど、日常をカメラという道具で記憶する行動力みたいなものだけはある。上手くはないけど、たくさん撮ることなら僕にもできる。年末休みに今年の撮影のテーマみたいなものを考えたりもしたけど、どうやら僕には日常をひたすらカメラで記憶することしか取り柄はなさそうだ。ただ、撮り続けてるとそれなりに思うことや変化みたいなものもあって、去年はフィルムに出会えたし、デジイチとも再会した。今年も撮り続けた先に何かはある気がする。

そういえば、少しだけ日常をカメラで記憶するうえでぼんやり考えていることはある。僕の日常スナップのメインはRICOH GRとKonica C35のコンパクト二台だけと、今年はLeica M3も平日の鞄の中にたまに忍ばせようかなとかね。街中でカメラを構える時は雑踏に紛れたいというのがあるけど、Leica M3のサイレントシャッターなら十分いける。考えてみると、今のショルダーバッグに変えたのもM3を持ち歩けたらいいなという思いがあった。

Leica M3、この街撮りスナップのために生まれたようなカメラを後生大事に週末の趣味カメラだけにしておくのはもったいない。もちろん、大事にいつまでも使い続けたいけど、だからといって週末に持ち出すかどうかくらいの出動頻度だと、あと何回持ち出せるのだろうと考えたりしてね。週末って実はそれほど回数はない。だったら、M3は平日にも出動させて、週末はNikon F2やNikon F6の出動頻度ももっと増やせたらな、とかね。

あとは、写真の保存の仕方をどうかしないといけないかなと。iCloudの容量がそろそろ一杯になってきた。デジタルもフィルムデータも一応Google Photoにすべて保存はしてるけど、こうしてブログに写真を使ったり、思いついた時にSNSにスナップ写真をポストする時には、常にiCloudに写真を置いておくとなにかと都合がいい。容量増やすかな。しかし、この先ずっと写真が増えていけばどこかで保存の仕方を本格的に考えなきゃなとか。日常をひたすら記憶するのは気持ちいいけれど、増え続ける写真の保管とそのコストは常に僕を少し悩ませる。まあ、うれしい悩みではあるんだけどね。

と、ブログを書いていたら、いい具合に月が部屋の窓から寝転がって見える位置までのぼってきた。今年は生まれて半世紀の年。いい年して何やってんだと思う毎日ではあるけど、ここ数年、わりと新しいことにチャレンジできていて、心はプチ青春みたいな気分でいられている。なんでも「上がり」みたいなものを設定しちゃいけないなあと。幸いこうして尽きない趣味としてのカメラなんかにも出会えたことだし、常に疑問とか課題を持つビギナーでいたいなと思う。あとは健康なカラダかあ。はやくプールの営業、再開しないかな。僕の新年はそこからな気がする。

考えてみると、Nikon Dfに50/1.4Dをつけたのは初めてかもしれない。

Nikon Df, 50/1.4D

新年も3日目。しっかり晴れてくれて心も晴れやかになれる。ありがたい。そんな気分のまま朝の愛犬との散歩カメラへ。カメラはNikon Df、レンズは50/1.4D。考えてみると、初めての組み合わせかもしれない。Dfの常用レンズはキットレンズの50/1.8G Special Editionなんだけど、今朝はもう1つのAF単焦点のDレンズにしてみようと、ふと思い立った。

Nikon Df, 50/1.4D

装着してみると、なかなか似合う。Dfにはやっぱりクラシカルなデザインのレンズがしっくりくる。マニュアルで撮る時はいつもAiレンズをつけてたんだけど、このDレンズもなかなかカッコいい。Gレンズより太さがひと回り細くボディとのバランスがいいのと、AFの挙動もジッジッとアナログチックで悪くない。

Nikon Df, 50/1.4D

開放付近で撮ると、オールドレンズっぽい緩さとどこかフィルムチックな写りをしてくれる。さすがにf1.4付近は日中だとシャッタースピードが足りない感は否めないけど、少し絞ればなんとか撮れる。というか、これはこれで雰囲気は悪くないなという写り。

Nikon Df, 50/1.4D

なんてことない散歩道の道端だけど、こうしてレンズをチェンジして撮り歩くと新鮮な気持ちになるから、やっぱり散歩にカメラは相性がいい。ファインダーの中の露出を確認しながらいろいろ試し撮りしながら歩くと、あっという間に時間が過ぎてゆく。

Nikon Df, 50/1.4D

結局、F2.8あたりで撮ることが多かったかな。僕の持つAiレンズたちが35mm、28mmとF2.8だから、そんなことも比較しながら撮り続けた。絞るとNikkorらしいシャープでカリッとした描写になる気がする。

Nikon Df, 50/1.4D

モノクロも試してみた。というか、モノクロのほうがいい感じかもしれない。Dレンズはそんな古いレンズでもないけど、現行レンズと比べるとやはりそこはヴィンテージ感があるんじゃないかと。実際撮ってみると、わずかにそういう時代の空気を感じた。

Nikon Df, 50/1.4D

もう少し絞ってみようとたしかf8くらいで撮ってみたんだけど、帰宅してMacBookの画面で見たら、そのシャープさに驚いた。僕は緩めの写真が好きだけど、これはこれでたまらない。レンズのこういう意外な一面を見つけるとなんというかレンズが愛おしく思えてうれしい。

Nikon Df, 50/1.4D

Dレンズって新しくもない、古くもない、なんか中途半端なレンズに思われがちかもしれないけど、僕はF6用に購入したこのレンズ50/1.4Dがけっこう好きで、開放付近のあの二重ボケなんかは、綺麗ではないけど心を少しザワザワとさせる魅力がある。一方で絞ると、違う顔を続々と見せてくれる。

Nikon Df, 50/1.4D

フィルムとデジタルの狭間で揺れ動いた時代を生きたレンズだからか、そのどっちもの描写感を行き来できる不思議な感覚がこのDレンズにはあるような気がする。いい意味で曖昧さを持ち合わせたレンズとでもいえばいいのかな。

Nikon Df, 50/1.4D

世は超高画素の時代だったりするけど、僕の緩いカメラライフならDfくらいの画素数で十分すぎるし、こういう古いレンズでこれだけ撮れれば言うことはない。というか、僕は曖昧に撮りたいから、こういうカメラやレンズを好んでチョイスしているところがある。

Nikon Df, 50/1.4D

むしろ、もっと曖昧に撮る方法を教えてほしいくらいだ。僕が撮りたいのは記録じゃなくて記憶。僕の脳みそにある曖昧な記憶と同じように、過去を振り返る写真はどこか曖昧であってほしい。カメラ開発の人たちが聞いたら怒られそうだけど、そういうユーザーもいるというのはここだけの話として。あ、でも、NikonはDfを出してくれたからね。そういうNikonには感謝してる。

やっぱり僕には、まったり走れるエンデュランスロードがいい。

Specialized Roubaix SL4 Sport

新年2日目、寒い朝ではあったんだけど、スーパームーンと入れ替わるように強い太陽が出てきたんで、よし!とロードバイクに初乗りすることにした。少し走らせるとカラダがあたたまり、assosの冬ウェアにCastelliのウインドブレーカーで十分あったかい。強いて言えば首から上が少し冷んやりしたけど、まあ許容範囲だ。太陽が出ていなかったらそんな悠長なこと言ってられない真冬だけど、太陽とはほんと偉大だ。

ロードバイクというと、やたらハードな印象を抱かれることが多いんだけど、ロードバイクにもいくつか種類があって、僕のはエンデュランスロードと呼ばれるタイプ。簡単にいうと、レース仕様のガチガチのレーサーじゃなくて、遠出やロングライド向けに作られたロードバイクだ。車種はSpecialized Roubaix SL4 Sport。フレームは軽量のカーボン、コンポはレースにも出られるShinano 105、路面の凹凸のショックを吸収するZeltzという特殊素材が使われている。要は、スピードを追求した硬い乗り心地のガチガチレーサーに比べると、乗り心地がしなやかでいつまでもサドルの上に乗っていたいと思わせるしなやかな乗り心地が特徴だ。

このエンデュランスロードを選んでよかったなと乗るたびにいつも思う。というのも、僕の場合はロードバイクは景色を眺めたり、途中途中で脇道に止めては写真を撮ったりするための相棒だから、比較的のんびりまったり乗れることが気持ちの上でも心地いい。それでいてハードに攻めようと思えば、そこはヨーロッパのロードレース「パリ〜ルーベ」で鍛えられたフレームだから、相応の走りが楽しめる。何の知識もなくロードバイク専門店へ足を運んだ時に、店員さんとじっくり目的を話し合って車種を決めてよかったなと思う。カメラなんかもそうだよね、店員さんと使用目的をじっくり会話して機種を決めるのがやっぱり失敗のない道具選び。僕はロードバイクやカメラの経験で、何を選ぶにしてもしっかり店員さんに相談する癖がついた。

それにしても新年のライドは気持ちよかった。ちょうど汗が出ないくらいの気温で、空気は澄んでいて冬空の抜けのいい景色。サドルの上でいろんなことを考えた。仕事のこと、家族のこと、健康のこと、カメラとか趣味のこと。適度にカラダをクタクタにしながらだと、僕の場合は脳がすごく回転する。近ごろは膝を痛めやすいんでRunより、スイムやロードバイクの頻度が多いんだけど、Runほどキツくなく、考えごとしながら楽しめるスポーツとしてスイムやロードバイクは実におすすめの思考タイムだ。

ひとつ留意点があるとするなら、なるべく自動車が走る道は避けること。ロードバイクは車両だから車道を走る乗り物ではあるんだけど、日本の場合は自転車道がなかなか整備されていないから、自動車と一緒に走るのはやっぱり危ないし、考えごとしながら走るには気が散る。僕は比較的自動車と走らなくていいルートを見つけたから、こうしてロードバイクをまったりと楽しめてるところがある。トライアスロン用のTTバイクとか練習してる人なんかは、車道は怖いから自転車道までは車にバイクを載せて移動してる人も多いからね。なにかとスピードが要求されて気忙しい世の中だから、ロードバイクに乗る時くらいはゆっくりまったり楽しみたい。そういう人にはエンデュランスロードはおすすめです。あ、あと背中に忍ばせるコンパクトカメラもね。これだけでちょっぴり人生は変わるから。