カメラへの思い

シャッター切って楽しいカメラで地を這おう。

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PENTAX K-1 Mark II

シャッター音とそのショック、そしてその道具に求めるクールさは人それぞれだ。サイレントシャッター的なフィーリングで辺りと同化することを好む人もいれば、ちょっと周囲の人も驚くような圧のようなシャッターの音色を好む人もいる。

僕の場合はあいかわらずレフ機に心を奪われっぱなしだ。シャッター音だけがその要因ではないが、決して小さくなく、そこに心躍らせているじぶんがいる。

これは過去にも書いたことがあるけど、誤解を恐れずに言えば、僕は写真よりもカメラよりもさらに「シャッター」が好きなのかもしれない。シャッターを切っているその瞬間に異様なほどの恍惚感を覚えるから。

これは何も音だけの話じゃない。シャッターボタンを押した時の指先の感触みたいなものも当てはまる。RICOH GRなんかはその部類かもしれない。派手なシャッターサウンドを奏でるわけじゃないが、何か語りかけてくるシャッターの抑揚があるのだ。

RICOH GR digital III

上手く言えないけど、それはやはりフィルムカメラからの延長線上の何かなんだと思う。一眼レフ機のあの感触、そしてレンズシャッター機のあの感触。デジタルといえども、そういうものをどこか頭と体が欲しているのだと思う。

カメラは写真を撮る道具だから、語るなら写真を語ろうというのは至極正しいのだけど、僕はそれと同じくらい道具への愛着も大切だと思っている。愛着とは癖と言ってもいい。人間と同じで、その独特の癖を愛せるか、というのが愛機とそうじゃないカメラとの差なんじゃないかと思う。

さて、あなたの愛機とはなんだろう。

Nikon F2 アイレベル

世間の評判なんか気にする必要はない。じぶんが「これだ」と密かに釘付けになっているカメラで、人知れず地を這えばいいのだ。各部の操作音、指とボディが擦れる音、そして何かしらの叫びのようなシャッター音に耳を傾け、対話するような。

そんなある種「偏愛」のような道具との向き合いをしている人たちの姿はカッコいい。僕なんかは到底まだまだだが、カメラの愛し方は最近少しわかってきた気がする。要は世間の見方なんかは無視して、じぶんの感性を頼りに突っ走るということだ笑。

カメラは、世間じゃなくじぶん(カメラ)の方を向いてくれている撮り手に応えてくれる、生き物のようなところがあるのだ。分身、似たもの同士と言えばいいのかな。そんなことを感じる今日この頃である。

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