PENTAX K-3 Mark III

朝の光と影を、光学ファインダーでとらえる愉しみ。

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PENTAX K-3 Mark III, DA 55-300 PLM

5月に入り、ここ最近はほんと日が長くなって、朝も6時台には太陽が顔を出す。斜めから刺す朝陽が辺りに光と影の交錯を作り出す様子は本当に美しく、僕が写真を撮る上でいちばんの大好物かもしれない。

絶景でなくても、光と影が織りなす光景はやはり神秘的で、早起きさえすればそれをどこにいても楽しめるのだから、「早起きは三文の徳」という言葉は、写真のためにあるようなものだと思っている。

PENTAX K-3 Mark III, DA 55-300 PLM

その朝の繊細な光は、特に光学ファインダーで愉しむのがいい。肉眼でとらえるその微妙な光と影の移り変わりは、細胞に刺激を与えるというか、ファインダーを中を眺めていると眠っていた脳が目覚めるような感覚になる。

PENTAX K-3 Mark III, DA 55-300 PLM

そして、より神聖なる眺めを楽しむなら、望遠ズームがいい。光景、光、影、奥行きなんかをギュッと凝縮したその眺めは、僕は「密度のある世界」だと呼んでいて、たとえ見慣れた風景でもハッとして息をのむことが少なくない。ちょっとした「カメラの魔法」だと思っている。

PENTAX K-3 Mark III, DA 55-300 PLM

K-3 Mark IIIなら、小気味よく官能的でもあるシャッター音が、その気分をさらに盛り上げてくれる。僕は長らくNikonの一眼レフを愛用してきたけど、誤解を恐れずにいえば今はPENTAX機のトリコだ。

PENTAX K-3 Mark III, DA 55-300 PLM

他のPENTAX機のことは分からないけど、最新のK-3 Mark IIIのフィーリングからすると、PENTAXというブランドがエモーショナルな体感性能に相当な重きを置いていることが色濃く感じとれる。

PENTAX K-3 Mark III, DA 55-300 PLM

僕の愛読書に田中長徳さんの「カメラは知的な遊びなのだ」と「カメラは詩的な遊びなのだ」という本があるけど、その通り、写真を撮る行為というのは知的であり詩的だ。静かにファインダーのなかの世界に身を委ねるだけで、それはかなりクリエイティブな刺激を得ることができる。

特に朝の時間帯の光と影は、人と大地の一日の始まりにスイッチを入れてくれるようなエネルギーに満ちている。そういう人類の根源的な尊さを、カメラはさらに美しいものへと昇華させてくれる。その最も鮮やかさに満ちた世界が、いまの季節だ。

いつもより少し早起きをして、光学ファインダーのカメラと散歩へ出かけてみる。そんなささやかだけど偉大なひとときを、この連休中に再確認してみるというのも極上の休みの過ごし方ではないだろうか。

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