「魔力」という言葉が正しいかどうかは分からないけど、なぜこうもFUJIFILMのカメラが欲しくなるのかを言語化するのはむずかしいから、こういう表現にさせてもらっている。
なぜ急にこんなことを書いてるかというと、SNSのなかでYuzuさんというお方が「五度目のX-Pro3購入」とポストされていたのを目撃したからだ笑。
いや、僕も同じカメラを買い直すことはけっこうあるのだけど、まあそれも二度目まてで、さすがに五度目は凄いパンチのある報告だ。たぶん、良いところも悪いところもぜんぶ知り尽くしたうえで、それでも再び欲しくなるX-Pro3というカメラも凄いと思うのだ。
FUJIFILMのカメラについてあらためて考えると、XシリーズなんかはセンサーサイズもAPS-Cなところなどもあって、これぞNo.1!みたいな押し出しの強さがあるカメラではない。もう少し控えめというか、さりげないというか、いい意味で主役感より脇役感のあるカメラかなと思ってる。
でも、役者さんでもそうだが、華のある主役の俳優さんよりも、脇役なんだけど妙にハートを突き刺さってくる存在感の絶妙な俳優さんっているじゃないですか。そういう、分かりやすさみたいなのとは異なるそそられ感がFUJIFILMのカメラにはある。
考えてみると、僕も10台以上はフジ機を所有してるんじゃないだろうか。つい先日も、物理的には必要ないはずのX-T50を購入してしまった。なんならX-M5もクリスマスに向けて在庫を探していたりする笑。いや、ファインダーがないカメラはさすがに必要ないだろうと冷静さを保ったりしながら。
たぶん、僕が写真を楽しむカメラとの距離感として、その気負いなく付き合えて、でも随所に写真機好きを唸らせてくれるこだわりや作り込みが、言いようのない心地よさをもたらしてくれてるんじゃないか、と考えている。
フィルムシミュレーションもあいかわらず好きでね。JPEGで撮ることのラクさも大いに寄与してると思う。それでいて、かつてのフィルム写真らしさも感じられるという点で、まさにフィルムとデジタルのいいとこどりというか、フィルム会社ならではのカメラのあり方を感じるのだ。
特段、新製品が欲しいという感覚はないのだけど、先日つい実機を見て購入してしまったX-T50なんかを見てると、いまだに僕の心に刺さるカメラづくりがされているとも再確認して、そういう意味では今後もFUJIFILMが出してくるカメラに魅せられ続けるのかもしれない。
この感覚は、よそのメーカーのカメラにはあまり感じない種類の感情だから、このブログのなかでも何度となく同じようなことを書いてると思うけど、それでもどこかフワフワした情緒的価値みたいなことしか述べておらず、申し訳ない。でも、だから「魔力」なのである。
僕的にはコレクター的感覚もないので、なのになぜこれほどまでにFUJIFILMのカメラたちに魅せられ続けるのかは、これからも僕の人生の解き明かしていきたい課題だ。で、もし同じように「なぜかFUJIFILMのカメラに惹きつけられる」という人がいれば、その自己分析的な理由をこっそりSNSなどで教えてもらえたらと思う。
そう、人は「分からないコトやモノ」に異様に惹かれるのだ。
★今日の注目商品をチェック!