FUJIFILM X-T50, Nokton 23mm f1.2 SC

カメラと暮らし始めるといいことがいろいろあるんだけど、僕が気に入っている習慣としては「空を見上げることが増える」ということじゃないかと思っている。

空はどこにいても、いつでも、誰でも撮れる「いま」だったりする。

スナップ写真についていうと、もちろん街中のストリートのほうが造形としてはおもしろい。でも、常に街中で撮れないとか、ストリートで人が写り込んだ写真を撮るのに、いまはちょっと神経を使ったりもする。

FUJIFILM X-T50, Nokton 23mm f1.2 SC

その点、空は自由だ。季節によって太陽の道筋も変われば、雲の様子も変わる。一見同じに見える青空も、実は二度と同じ空とは出会わないわけで、その刻々と変化する色や形は、最も人の心境に作用する光景ともいえる。

もちろんスマホカメラで撮る時もあるが、空の微妙な様子を写し撮るチカラはやっぱり本格的カメラとレンズが優秀で、カメラを持つと僕は自然と空を眺めていたりする。その日の天気や季節も感じられて、これは人間的で素晴らしい習慣だなと感じている。

OM System OM-3, M.Zuiko digital 25mm f1.8 II

特に太陽が昇る時間帯と沈む時間帯が気持ちいい。明るいレンズがNDフィルター無しで開放付近でどんどん狙えるし、逆光気味も含めてレンズの癖がいちばん出やすい状態で、自然の様子を切り取ったりもできる。絞っても楽しい、開放でも楽しいのが、朝夕の空との戯れだ。

空なんて初心者が撮るもんだ、という声もたまに耳にするが、そんなたわいもない声のために目の前の空を素通りするのはもったいない。誰にでも、どこにいても、いつでも撮れる空が頭上にあるのがこの星の素晴らしさなので、他人の目を気にせず、何気ない空に感動しながらシャッターを切るひと時を楽しみたいものだ。

PENTAX K-1 Mark II, smc FA 31mm f1.8 Limited

光を写し撮る「写真」の根源は、光が降り注ぐ空にあったりするのだ。ちょっと上を向くだけで誰にも広がっている空。あまりに身近過ぎて見過ごしそうだけど、神様はなかなか素敵で平等な被写体を用意してくれているのである。