カメラへの思い

カメラへのロマンみたいなものについて。

アフィリエイト広告を利用しています
Leica M8

カメラへのロマンなんて、それはもう人それぞれだから、これはあくまで僕個人の考えというか夢みたいなもんです。

僕は若い頃に知人たちのバンドのライブを観に行くようになってすっかりロックにハマってしまった。アコギやエレキを買ってバンドもどきをやっていたのもいい思い出だけど、ロックにハマるとだんだんとそのルーツにハマっていく。そうすると、いつの間にかブルースの世界にまでさかのぼったりするわけです。

これ、割となんでもハマるとそうだと思うんだけど、現代に至るまでの軌跡とかその前身みたいなものに異様に惹かれるようになる。最新のモノよりも、むしろそこへの布石になったストーリーとか事象に興味が湧いてたまらなくなるアレです笑。身に覚えのある人、いますよね。

カメラなんかもやっぱりそうで、特に趣味の世界となると、最新機能なんかよりもそのカメラの軌跡とかルーツに関心が向く。自然と古いモノへと目が向くわけです。

フィルムライカなんかに手を出した人は、さかのぼりにさかのぼって、ライカA型とかに心を奪われ始める。いや、撮りやすさからいえばM型のほうが楽だし、なんならAFに優れたミラーレスのほうが断然性能としては素晴らしいのにも関わらずです。

Leica IIIa

まあ、これはもうロマンとしか言いようがないのです。

きょうたまたまX(旧Twitter)でLeica M-P typ240から一世代前のLeica M9に買い換えた方を見かけたのだけど、実は僕もM型デジタルについては同じM-P typ240からM型デジタル初代機のM8へとさかのぼってしまった人間なので、その気持ちみたいなの、よく分かるのですな。

写り、デザイン、挙動。洗練されているという点では新しい製品のほうがいいわけだけど、そこにロマンを求めるとそのカメラの軌跡をたどりたくなる。現在に至った足跡みたいなものを確かめたくなるという感じかな。ライカにかぎらず、趣味のカメラの世界ではそうした先祖返りみたいな行動をよく見かける。

そうそう、僕が昨日書いたブログのなかでRICOH GRの後付けファインダーを購入しようかどうしようか、みたいなことを書いたけど、これにしたっておそらく装着したところでパララックスはけっこうあるだろうし、ピントだってどうするの?みたいなところが予想がつくけど、そんなことよりもロマンだったりするのだ笑。フィルム時代のあのフィーリングを取り戻すようなね。

そう、ロマンなのだ、やはり。

Nikon Df

そんなの写真の写りになんの関係もないんじゃないの?と言われそうだけど、いやいや気分がのるとかソノ気になることは、間違いなく写真撮影の心待ちになにかしらの影響を与える。ロマンが何かを突き動かすのである。

カメラの場合のロマンとは、大抵の場合、古くて使いづらくなったりするもんだけど、それをまたねじ伏せて使いこなしていく感じとかがいかにも趣味をまっとうする感じで、本人としては楽しいのである。常人には理解できない世界かもしないけど…笑。

というわけで、きょうも裏付けも結論も何もない妄想のような話になったけど、ふとそんなことを考える出来事がいくつか重なったので、そんなことを書いてみました。まあ、一人の世界の片隅のアマチュア写真愛好家の戯言なので、異論反論はご遠慮いただきたい。

そう、ロマンとは理屈で考えたり語ってはいけないのだ。夢を見続ける力もまたロマンなのだから。

★今日の注目商品をチェック!

関連記事