カメラへの思い

写真を撮り続けてると、人は原点回帰へと向かう。

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Leica M8, Color Skopar 35/2.5 C-type

「人は…」と書いちゃうと世の中の人がぜんぶみたいな言い切りになってしまうか。まあ、ここはひとまず「僕は」という実体験談ということで話を前に進めさせてもらおう。

M型デジタルについていえば、僕は以前はLeica M-P typ240 ブラックペイントボディを使っていたのだけど、いまは原点回帰してM型デジタルの初代機 Leica M8を使っている。

もちろん、M8そのものを使いたいという気持ちはあったが、ここでいう原点回帰はもっと伏線がある。それは僕のフィルムカメラの原点であるLeica M3への思いがオーバーラップしているのである。

今年になって、ちょっとじぶんの原点に帰ってLeica M3で撮ろうと、気分転換に焦点距離35mmの眼鏡付きズマロンやライカメーターを手に入れたのだけど、フィルム価格が以前のようなレベルに戻る兆しはなく、はて、M3とフィルムで撮り続けるのもなかなか苦難の道だぞ…と。

ならば、気持ちだけでもM3を感じられるカメラで撮りたいということで、M3と同じシルバーボディのM8を探し、運良く程度のいい個体と遭遇できたのである。採光窓のあるデザインがクラシックライカを思わせるのが僕的には大きなポイントで、とても気に入っている。

M8と、M3当時の沈胴ズミクロンとで撮っていると、なんとも言えない心穏やかな気分になる。M3で撮り始めた頃の厳かでワクワクした感じが戻ってきたような感覚になれるのである。最近は、これも僕の原点であるフォクトレンダーの小ぶりなレンズたちも多用している。そう、気分は完全に「あの頃」なのである。

原点回帰ということでいうと、もうひとつ書いておかねばならない。それは「一眼レフ機」である。Leica M3と同様に、僕がフィルムカメラを始めた頃にもうひとつ強烈な印象があったのが、Nikon F2 アイレベルだ。

僕がフィルムカメラに完全に魅せられたのは、Leica M3とこのNikon F2という2台の機械式カメラによるところが大きい。他のカメラとは明らかに異なる、なんとも上質で精密かつ堅牢に作られたその二台は、僕にとって特別であり原点になった。

そんな一眼レフへの思いもあり、いまは国内唯一の一眼レフブランドと言っていいPENTAXのカメラたちを好んで使っている。もちろん、Nikonの一眼レフもNikon DfやD200などを使っているが、いまも一眼レフへの思いが見て取れるPENTAXに、じぶんの原点のようなものを強く感じているのかもしれない。

写真は長く撮り続けていると、どこかマンネリ感のような、どこかその場で足踏みしてしまい、写真を始めた頃のようなドキドキ感やワクワク感を忘れてしまうことがある。そんな時に、当時撮った写真を振り返ると共に、当時撮っていたカメラに思いを馳せて原点回帰してみるとというのは、心の転換としてはとてもよい。

誰しも、とにかく夢中でカメラで写真を撮りまくった時期がある。その頃の気分に戻って写真とじぶんの向き合い方を再考してみることは、決して後退ではなく、明日のためのエネルギーの注入みたいなもんだ。

写真にはいろんなものが写り込む。じぶんの原点であり初心みたいなものがたくさん写り込んだ当時のカメラとの時間を思い出して、再びそういう気分になれるカメラと過ごしてみるのはいかがだろう。カメラが愛機とか相棒と呼ばれる所以がそこにある。カメラは、生きている瞬間の証なのだ。

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