カメラへの思い

ブログ「記憶カメラ」にたどり着いてくれてありがとう。

FUJIFILM X-Pro3

奇跡的にもこのブログ「記憶カメラ」を訪れてくれて、本当にありがとうございます。気がつくと、このブログの訪問者数が累計で200万人を超えていました。

以前、100万人を超えた時にはセイケトミオさんのブログの話を例に記事を書いたんだけど、100万人到達まではかなり時間がかかった気がするけど、そこから200万人到達まではぐんと期間が短くなった気がしていて、これもほんと、見に来てくださった皆さんのおかげだと思ってます。

過去にこのブログを読んだことがある人ならお分かりだと思うけど、僕自身がカメラの機能に詳しいわけでもないし、撮影技術が高いわけでもないから、このブログではスペックみたいな解説はほぼ無くて、ひたすら僕の目を通した感覚的で直感的なカメラの良さや写真の面白さみたいなことしか書いていない。

でも、きっと僕と同じようなライトな感覚でカメラや写真に向き合ってる人も少なからずいるんじゃないかと思い、こういうブログを立ち上げて、こんな風に書き続けてきたんだけど、ブログを書き始めた頃には想像もしていなかった数の人たちの目にふれることができて、けっこう感動しているじぶんがいたりする。

いまやスマホカメラで誰もが大量に写真を撮っている時代だから、あえてカメラで撮るとなるとそこには「本格的な写真撮影のためのカメラ」みたいな、少し高尚なイメージが湧きがちだと思うんだけど、僕はカメラをラフにライトに楽しみたいという気持ちが強い。

それは、昭和の時代に誰もがフィルムカメラでライトに撮影していたであろう印象があって、こどもから大人、おじいちゃんやおばあちゃんまで、誰もが大衆的カメラで日常を記録していた感じがいいなあという思いがあって、そういう気負わずカメラと暮らしてる感じが、僕の中の理想のカメラ像であり写真像だと考えてることが大きいと思う。

その頃は僕はカメラをやっていなくて、ずいぶん歳をとってからフィルムカメラに出会ったんで、もしかしたら昭和のカメラ像は妄想かもしれない。でもじぶんでもフィルムカメラで写真を撮るようになったこともあって、あの時間の流れ方、ふだん着の写真のような存在がとても心地いいなと感じるようになった。

だから、デジカメも使い方は至ってシンプルで、まさにフィルムカメラで撮る基本的な要素しか使わずにシャッターを切っていたりする。もう、ハイテク機能のほんの二割、三割程度しか僕は使いこなせていないダメな現代ユーザーだと思うんだけど、その分というか、カメラに備わった機能よりカメラが持つエモーショナルな部分にいろんな価値を見出しているのだと思う。

つまり、このブログに日々書いていることも、そのカメラの価値というより、そのカメラがあることで豊かになる気持ちや生活のことを書いていたりする。そんな文章にどれだけニーズがあるかといえばかなり怪しいけど笑、でも少しでもそうしたラフでライトにカメラのある生活を楽しみたいという人がいるならば、懲りずにこうしてまた書き続けていきたいなと。

カメラって凄いのは、ひとまずシャッターさえ押せば、世界に一枚しかない今が撮れるんだよね。誰にでも撮れる。上手いとか下手とかはあるかもしれないけど、それにしたって「表現」することが誰にでもできるのである。僕はそれこそがどんな機能よりも最高性能だと思っていて、そういう表現することをもっと多くの人が気軽に楽しむ世の中だと豊かだなと思う。

恥ずかしながら、そういうことをテーマにこのブログ「記憶カメラ」を僕は書き続けている。いろんな人に届けばいいなと思うけど、特にまだカメラに触れたことがない人たちに、そういう「カメラのある日常の豊かさ」とか「ちょっとハッピーな気分」みたいなものが伝わっていくといいなと思っている。

おこがましいなと思いつつも、僕がカメラや写真から受けた「何か」が少しでも伝わるといいな。というわけで、今日も奇跡的にこのブログ「記憶カメラ」に訪れてくれてありがとう、というポストでした。これからも気軽に末永く、どうぞよろしくお願いします。

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