PENTAX K-3 Mark III

時間を忘れるカメラ、PENTAX K-3 Mark III。

PENTAX K-3 Mark III

これは、人によってそれぞれだと思うけど、ここではPENTAX K-3 Mark IIIのことにちょっと触れてみたいと思う。

僕が最近いちばん頻度高く使っているのが、このK-3IIIである。

といっても街中には持ち出していないんで、平日はほぼ使っていなくて、週末に辺りを散歩すること時とかに持ち出しているという使い方なんだけどね。

APS-Cサイズとはいえ、一眼レフだからそれなりの大きさはあるし、ある程度の重さもあるんだけど、不思議とこのカメラで撮り始めると大きさや重さを忘れて次々と軽快にシャッターが切れる。

上手く言えないけど、たぶんナチュラルにハイになってるような状態で写真を撮ることに没頭できてるんだと思う。

この点でいえば、同じ一眼レフであるNikon Dfとも少しニュアンスが異なる。Dfで撮る時はハイになっているというよりは、むしろ意識はしっかりしていて、一枚一枚をじっくりシャッターを切っているように思う。

PENTAX K-3 Mark III

その差は何かなと考えるわけだけど、やっぱりシャッターフィールなのかな。とにかくK-3IIIは「撮るという余韻」よりも「撮ってる瞬間そのものが楽しい」という感覚が強い気がする。だから、気がついたら夢中でシャッターを切っている感じ。

そういう感覚は、むしろRICOH GRなんかに近い気すらする。

何を言ってるんだ?と言われるかもだけど、その途切れのないシャッターの連続性みたいな快楽でいえば、そういう中毒性(言葉が荒くて申し訳ないです)があるカメラかもしれない。

軽快なシャッターフィールの軽量な一眼レフといえば、僕の初期のカメラがNikon D750なんだけど、それと比べてもちょっと異なる。D750はやはり一枚ずつ撮っている感覚があるけど、K-3IIIは一枚単体を楽しんでるというより「撮影をしているその時間全体を楽しんでる」みたいな感覚があるのだ。

そう考えると、一枚ずつじっくり撮るフィルムカメラとも時間の流れ方が異なるんだけど、不思議と「カメラらしさ」のようなものをとても色濃く感じる。

僕はこれ、K-3IIIが一眼レフという単なる古い形式のカメラではなくて、やっぱりそこは「新しさ」を感じさせるように仕上げられた、最新の「カメラらしさ」のカタチなんじゃないかなと思ったりしている。

PENTAX K-3 Mark III, DA 20-40 Limited

そう、ミラーレスだから新しいとか、一眼レフだから古いとか、そういうジャンルを軽やかに超えたところでの新しさや楽しさの探求。そういうものが込められているのが、この時代にそれなりに売れ続けているK-3IIIの秘密なんじゃないだろうかと。

人はこれまで経験したことのない事象に巡り合うと、いわゆる「時間を忘れる」ような感覚を覚える。だから、K-3IIIで撮ってる時は、なんか知らないうちに無我夢中になって心地よくシャッターを切り続けてるんじゃないかなって。

これはもう完全に僕の個人の感想なんで、すべての人にあてはまる話ではないと思うけど、少なくともこの世にそう感じる人間が一人はいるということで、ちょっと触れておきたいなと思った。

しかしながら、この感覚は店頭で実機をちょっと触ったくらいでは感じづらい。実際に少しまとまった時間、外に連れ出してみて分かる感覚だから、そこがカメラ選びとしては悩ましいところだと思うけど、それこそ機材レンタルなどできるなら、一度この感覚を確かめてみるのもいいかもしれない。

「時間を忘れる」という感覚とかその理由は人それぞれだから、非常に抽象的な説明になっていることは否めないけど、もし同じ感覚を持っている人がいれば、ぜひブログ内コメントにて教えてもらえたらと思う。もしかしたら、もう少し上手い説明の言葉が見つかるかもしれない。

それにしても、もしPENTAXがその感覚を意図的に味付けしているとしたら、それはなかなか発明的なことなんじゃないかと思うけど、どうだろう。

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