写真だけでなく、カメラにも思い出は刻まれていく。
OM System OM-3, M.Zuiko Digital 45mm f1.8ある出来事をSNSになにげなくポストしたら、想像以上に反響があったので、ブログのほうにも備忘録として書き残しておきたい。
その出来事とは、OM-3で桜の花を撮影していたときに、散歩中のご夫婦と交わした会話のやりとりである。
4月のはじめの日曜日の夕方、そろそろ桜の花の見頃も終わりだと思い、僕は近所の桜の花を撮り歩いていた。首からは、OM System OM-3をぶら下げていた。
すると、前方から散歩中であろう年配のご夫婦が近づいてきて、そのご主人から声をかけられたのである。
おだやかな笑みのご主人は言った。
「そのカメラはフィルムカメラですか?、いやデジタルかな?」
その聞き方が、なんとなくカメラのことにある程度詳しいように感じたので、僕もめずらしく具体的な製品名を出して答えた。
「デジタルなんですが、昔のフィルムカメラのOM-1を復刻したモデルなんです」
「復刻」という言葉が正しいがどうかはアレだけど、ここでは「OM-1の復刻モデル」といったほうが通りがいいので、短くそう答えた。するとご主人はうれしそうに、
「そうですか、復刻版ですか!。昔のオリンパスのカメラみたいですもんね」と。
僕はOM-1とは言ったものの、オリンパスとはひと言をいっていないので、やっぱりご主人は昔、OLYMPUS OM-1など昔のOMフィルム機を使っていたんじゃないかと思う。
そういう記憶や思い出を持っている人が見たら、やっぱり現行のOM-3はかぎりなく往年のオリンパス機に見えるのだろう。実際、僕もフィルム機のOM-1Nの面影を感じて、現行OM-3を購入したので、その気持ちはよく分かる。
お互い反対方向へと向かう途中の通りすがりだったので、それ以上は言葉を交わさずにっこりと会釈をしながら別れたのだけど、懐かしそうにカメラの話をするご主人を見てやさしく微笑んでいる奥様の笑顔が、また印象的であった。
僕はクラシックなスタイルのカメラが好きで、外出する時は常になにかのカメラを首からぶら下げていたりするのだけど、たまにこうして見ず知らずの人に話しかけられる時がある。大抵、NikonやLeica、Rolleiflexなどいかにもクラシックなデザインのカメラを持ち歩いている時だ。
会話してみると、やっぱり「いや、懐かしそうなカメラだと思って」みたいに言われるので、やはりみんな、昔じぶんが使っていたカメラとか、ご両親が使っていたカメラなどを思い描いて、思わず懐かしいなと声をかけてくれるのだと思う。
そう考えると、思い出とは写真にだけ残るんじゃなくて、その道具であるカメラにもしっかり思い出が刻まれているんだなと。以前、写真家の林ナツミさんが言われていたように「機材もまた、写真という思い出の一部」という言葉を思い出すのだった。
いま、その目の前の瞬間(いま)を写真におさめるカメラは、時代を写す道具ともいえる。そして、その瞬間、撮り手と一緒に居合わせたカメラにもまた、撮った頃の思い出が刻まれているのである。撮る時に感じた歓びや苦労もいろいろ含めて。
カメラは単に機械じゃなくて、そこに人間くささを感じるのは、そういうところなんじゃないかな。

















































