FUJIFILM Xシリーズ

写真屋「富士フイルム」がやっぱり好きだ。

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写真幸福論。富士フイルム公式HPより

僕はFUJIFILMのカメラが好きだ。それは、X100シリーズやX-Proシリーズ、X-Tシリーズの写真機らしいデザインやサイズもさることながら、「写真屋」であることも大いに影響していると思う。

よく「カメラが好きか、写真が好きか」という議論みたいなことを目にするが、僕はそれはナンセンスな議論だと思っていて、写真が愛おしいなら、その道具であるカメラも当然愛おしいのである。

つまり、写真がすべての根底にある。けれど、この「写真」というものはある意味、人の心に作用するコミュニケーションアイテムのような存在なので、機械屋であるカメラメーカーはなかなか触れるのがむずかしい。テクノロジーの進化を語るほうが、シンプルで効率的だから。

でも、写真屋である富士フイルムは、そのむずかしいコミュニケーションアイテムとしての「写真」のことを、おそらくいろいろ悩みつつもこうしてプロジェクトとして静かに打ち出してきた。写真屋としての使命感からだろう。

報道資料も見たけど、正直、まだまだふわっとしてると思う。それは富士フイルムも悩みながら、でも「始めないと、何も始まらない」と思い立ってのプロジェクトスタートだろう。僕はむしろ、その走りながら起こっていくことや時代の動きと照らし合わせながら、プロジェクトを肉付けしていく姿に共感を覚える。

人は、写真で、幸せになれる。

形に残す。それだけなのに、
どうしてこんなに、想いが濃くなるのだろう。
撮る。プリントする。贈る。飾る。
ひとつ手間をかけるたび、
一瞬でなくなってしまうはずだった幸せが、
どんどん大きくなっていく。
写真は、不思議だ。
けれど、私たちはたしかに、知っている。
写真のくれる、あのうれしさ。切なさ。あの時間。
私たちは、好きなのだ。
写真のくれる、あの幸せが。

これは、この「写真幸福論」プロジェクトに添えられたステイトメントだ。とにかく写真屋として、世の中にこういうことを発信していかなくてはいけないと最初に掲げた言葉だろう。約束としてというより無垢な思いのようなものだ。

やれ、そんなことよりフィルムの販売に本腰をとか言うひともいるが、富士フイルムは営利企業としての存続も果たしながら、おそらく誰よりも写真文化の存続のことを総合的に必死に考えている。そうでなければ、こんなむずかしいプロジェクトを語り出したりなんかしない。

そんな富士フイルムという会社の使命や役目も含めて、僕はこの会社を応援したくなる。富士フイルムは宣伝が上手い会社ではないから、今回のプロジェクトも静かに始動してるけど、その控えめな始動の姿も含めて応援している。

写真をプリントして残す、送る、その偉大さは、何十年後に物凄い幸福感になって返ってくる。富士フイルムはそれを見てきたし、僕らもそれを実感している。

ゆっくりでいい。一歩一歩、実験でいい。なんとか頑張ってほしい。僕らも頑張る。

◎追記)ドラマ「カメラ、はじめてもいいですか?」の影響もあって、思わず人生初のチェキ〈Instax mini Evo〉を注文した。プリントする歓び、写真を贈る楽しみを再確認したい:)

◎追記)そしてその後、僕はGFXを購入してデジタル中判写真機の世界を楽しみ始めている。5000万画素タイプから中判デジタルが始められる世界を構築した富士フイルムはやはり凄い。

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