本と音楽と余暇

フジコ・ヘミングはピアノを生き物にする。

僕は若い頃にピアノを一曲だけ先生のところへ習いに行き、弾けた時期があった。なぜ、ふと習いに行こうと思ったかははっきりとは覚えていないけど、これも中途半端ではあったけどギターを弾くほうが好きな方で、でもある日ピアノを弾きたい病が舞い降りてきた。

それからものすごい日々が過ぎ、もうその一曲さえも弾けなくなるくらい久しぶりにピアノに魅せられることになる。それが、フジコ・ヘミングのピアノ。僕のiPhoneには彼女のアルバムが数枚入っている。今はApple Musicでも聴けるんじゃないかな。そして、たまに無性にフジコ・ヘミングのピアノが聴きたくなる。少し脳が疲れたときかな。コンソレーション第3番、聴きなれた曲だけどフジコ・ヘミングが弾くといつも新鮮で頭の中が浄化されてゆく。ピアノとは弾き手によってこんなにも違うのかと意識したのも彼女のピアノを聴いてから。もはや、僕にはクラシックには聴こえない。歌であり、ロック。それくらい抑揚の中に投げ出される。

ピアノを弾く人にとっては彼女のピアノとはどんな風にうつっているのだろうか。やっぱり文句なく素晴らしいのだろうか。それとも譜面通りに綺麗に弾くという観点からはある種邪道なのだろうか。その世界の人に褒められることが大事なのか、それとも一般のともするとピアノなんか何もわからない人を感動させることが大事なのか。僕はフジコ・ヘミングのピアノを聴くといつもその疑問のようなものに立ち返る。

ただはっきりと思うのは、魂みたいなものが込められた演奏は、僕のようなピアノに精通していない人間の魂も揺さぶる。生で聴いたらどれほど打ち震えるのだろうとも思うけど、本物を聴くのが怖いという感情もあって、上手く言えないけど気軽に聴きに行こうという風にはならない。それに聴くなら一人で聴き入りたい。果たしてピアノとは一人で聴きに行くようなものなのだろうかという迷いもある。でも、とにかく、この大地を静かにうねり狂うような生き物のようなピアノを死ぬまでに一度は生で聴いてみたいし、じぶんの感性みたいものがどう反応するかも確かめてみたい。

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