この時代というのは感覚的には1970年以前といったところだろうか。この時代のカメラたちをいくつか所有し、実用品として写真を撮るようになって、本当にその機械としての作り込みの凄さ、そしてその結果研ぎ澄まされたような機能美にいつもいつも魅せられる。
考えてみるとプラスチックが登場したあたりからその品みたいなものとは違う方向へカメラたちは向かい始めたんじゃないかと思う。相当便利で扱いやすく、軽く、さまざまな形に加工しやすくなったんだろうけど、その結果、セクシーさみたいなものは失われていったんじゃないかという気がする。僕はこの当時はカメラをやっていなかったから、リアルなその時代の転換みたいものは分からないんだけど。想像としてね。
ライカにしても、ローライにしても、ニコンにしても、1970年頃までのものは見るからに美しい。金属の艶かしさ、手に持った時の冷やっとした重量感ある手ざわり、そして鈍く光る各パーツ、どれをとってもプロダクトの黄金時代のようなまぶしさを僕は感じる。こういうデザインはデザインしようとしたらあざとくなるから、こうして機能美を突き詰めていった先にたどり着く姿が自然体で美しい。そして、その出しゃばらない感じが実に洒落ている。
復刻したものじゃなくて、当時としては最新鋭だったものが年月を経た結果クラシカルになる。それが本物で本気のデザインが放つセクシーさなんだと思う。現代のプロダクトデザイナーたちは大変だと思う。こんな時代のものたちと比べられながら新しいデザインを創造していかないといけないんだからね。いっそ、カメラらしいデザインを一切脱ぎ捨てて、現代の機能に即した現代の機能美を追求したほうが新しいセクシーさや洒落た世界を作れるのかもしれないね。僕は写真を撮るのは好きだけど、こうしてカメラ自体を撮るのも好きだ。そして、こうして眺めるのも好きだ。うまく言えないけどパワーをもらえるんだよね、眺めてると。降参だよ、まったく。