フィルムカメラ

赤城耕一さんの新刊「フィルムカメラ放蕩記」を読み始める。ジワジワくる。

赤城耕一さんの「フィルムカメラ放蕩記」表紙

ついに楽しみにしていた本が発売された。ドクター赤城さんこと赤城耕一さんの新刊「フィルムカメラ放蕩記」である。最近はフィルムカメラがちょっとブームなこともあり、フィルムカメラをテーマにした本の発行はそれほど珍しくはないけど、この赤城耕一さんの本は、その中でも本家中の本家というか年季が違う。

この本は今年休刊になった老舗カメラ雑誌「アサヒカメラ」に2000年からずっと掲載されてきたコラムの集大成本なのだ。赤城さんも巻頭で書いてるけど、書きはじめの頃は世はデジカメへと移行を始めていて、そんななかフィルムカメラについての記事がどこまで重宝がられるのかと半信半疑で書き続けれこられたようだけど、今となっては20年経ってもフィルムカメラは生き続けていることを証明するかのように、このコラムがしっかり読書に受け入れられていたことがわかる。

Minolta SRT101, MC Rokkor 55/1.7

土曜日の今朝は、楽しみにしていたAi AF Nikkor 80-200/2.8D Newで辺りを撮り歩いて、思いのほか年甲斐もなくけっこうな距離をウォーキングするに至り、再び何処かへ出かけるのもなかなかしんどいなと考えていたところ、「そうだ!赤城さんの本があった!」と、のんびり読書をすることにしたわけである。で、まだ読み始めなんだけど、第一話が早速僕のお気に入りであるMinolta SRT101のコラムだったので、なにやら嬉しくなってこうしてブログを書いているところである。

あまり書くとネタバレになってしまうので、これ以上はぜひ購入して読んでもらうとして笑。まあ、カメラ好きの人はどちらかというと写真がふんだんに載った本のほうが好き?かもしれないけど、僕はことカメラの本については文字が連なった本がけっこう好きで、なかでもフィルムカメラの本は文字ベースのものが大好きだ。それはやはりフィルムカメラにはストーリーとかエピソードとか「歴史や思い出」が詰まっているからだと思う。単にスペックやデザインの話ではなく、そのカメラのヒストリーといえばいいのかな、そういう話に凄く共感して引き込まれる。

田中長徳さんの本「ライカ ワークショップ」

同じように文字でグッとくるカメラ本といえば、大御所・田中長徳さんのカメラ本たちだ。僕がフィルムカメラにハマっていったきっかけの少なくない部分が、実はこの長徳さんのライカ本に影響を受けてのことだというのはじぶんでも大いに自覚がある。長徳さんの本にしても、赤城さんの本にしても、フィルムカメラならではのヒストリーがやはり格段に読み物としておもしろいのである。

僕個人としても最近は少し思うところがあって、数年で買い替えを余儀なくされる最新デジカメのスペック競争みたいなノリはもういいかなと思うところがある。趣味であるカメラは、駆け足で急かされるようなペースではなく、ゆっくりと流れる時間の中で相棒と呼べるカメラたちと末長く写真を紡ぎ出すことを楽しみたい。そう考えると、やはりフィルムカメラにたどり着くのである。

フィルムカメラに流れる時間を経験すると、デジカメの楽しみ方も少し変わってくる。そういう意味でも、カメラの楽しみ方のルーツであるフィルムカメラのまさしく歩みのような物語がいくつも読めるこの本「フィルムカメラ放蕩記」は、写真の楽しみ方に彩りを添えてくれるんじゃないかと思う。おっと、そろそろ本の続きを読まなくては笑。僕はいつでもどこでも読める保存版にしたかったから電子版を購入した。そこはデジタルの恩恵笑。フィルムカメラをデジタルに楽しむ。現代はそういう幸福な時代でもある。

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