カメラへの思い

カメラと、この世界を観察し、記憶する。

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FUJIFILM X-Pro3, XF 35mm f2 R WR

カメラを始めた人がよく言う言葉のひとつに「いままで素通りしていたような光景に目がとまるようになった」といったようなニュアンスがある。僕もそう感じたひとりだ。

もちろん、カメラがなくてもなにげに感じていたかもしれないけど、例えば四季の移り変わりの草花の色や形、よく見ると抑揚のある光と影、あと空気の色みたいなものが、カメラを持つとはっきりと認識し始める。

これはなかなか素敵なことで、少々大袈裟に言えば「この世界が広がる」ということでもあり、日常のなかにまだまだ知らない世界があることに気づき、ちょっと気分があがる。

FUJIFILM X-Pro3, XF 35/1.4 R

もしくは、カメラを手にしたことで知らなかった世界が見えたり繋がったりすることで、それまでとは異なる領域に踏み込めたりする。そして、じぶんの好奇心やクリエイティビティに気づき、もっとその知識や腕を高めたいという欲求が芽生えたりする。

なにも絵画や文章を作り出す技能がなくても、カメラを持ってシャッターを切れば、この世に一枚しかないじぶん制作の表現物が紡ぎ出せるのである。こんな素敵な道具はなかなか無いし、それがカメラを手にした人を魅了する理由だと思ってる。

FUJIFILM X-Pro3, Pergear 25mm f1.7

いい写真かどうかよりも、じぶんが好きな写真が撮れれば、それはカメラを手にしたかなりの効能だと思う。そして、その写真を眺めることで、次に撮りたいものも湧いてきたりする。写真は止まっている事象だけど、写真はこの世界が動いていることを感じさせるものでもある。

2026年も懲りずにやたらとシャッターを切って、まだ気づいていないこの世界の片隅をのぞいてみたいし、僕がその時間を体感した記憶として残していけたらと思う。カメラは平凡と思える日常に翼を与えてくれるような存在なのだ。

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