Nikon D200

いいよね、Nikon D200。驚くほど古さはまったく感じない。

Nikon D200, Ai AF 50/1.8D

なぜか昨夜、ふとD200が使いたくなってD70と共にバッテリーを充電。今朝、外が明るくなるのを待って、久しぶりに散歩へ連れ出してみた。

いやあ、いいよね。タイトルにも書いた通り、いまでも「恐ろしいほど、古さをまったく感じさせないカメラ」なんだよね。

万物は時間の経過と共に劣化するものだし、こうした精密機械みたいなプロダクトは5年も経てば古くさくなりそうなものだけど、D200に関しては「世の中こんなことってあるのか?」っていうくらいいまだに上質さを感じさせ、その基本性能の高さに驚く。

2005年発売のカメラだから、もう17年前のプロダクト。こうした精密機械のようなプロダクトで17年もの月日が経つと、普通は見るからに古くさくなりそうだし、操作してみるといかにも鈍臭い動作感とか感じそうだけど、そういう常識感覚がちょっとおかしくなる笑。

誤解のないように言っておくと、高感度とかAF性能は現行のITロボのようなカメラたちと比べれば当然劣る。でも、僕のようにフィルムカメラの延長線上でスチール撮影を日中楽しむ分には、なんら不満はない。

D200はCCDセンサー機であることでいまだに人気だったりするけど、僕がいまだにこのカメラに魅せられているのは、手に持った時に伝わってくる「モノとしての良さ」がやはりいちばん大きい。

描写のほうは、僕は特に写真に詳しいわけでも撮影技術に長けているわけでもないから、正直CCDだから良いなんて言える知識も審美眼もない。そこは、それぞれの人の主観や好みもあると思うので。

それよりも、このD200というカメラは「なにかと高額商品が多い高性能カメラが多い中で、本当にいいモノを安く手に入れて楽しむ」という点で推したいし、カメラを始めるならこうした「古いけど、中身の基本性能がしっかりしたもの」を使うのが本当の意味で贅沢なんじゃないかと思ったりする。

ひとたびシャッターを切れば、その乾いた官能的な音にゾクゾクっとする。

単にノスタルジーを歓ぶのではなくて、いいモノを使っている感動のようなものがいまだに現役であることが、D200の真骨頂のような気がする。

幸い僕はそれほど頻度高く使い倒しているわけでもないので、このまま大切に、末永く使い続けられることをただただ願っている。

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