フィルムカメラ

フィルムカメラと、いそがない人生を。

Leica M3のフィルム装填の様子

最近、Twitterでみんながフィルムカメラのことについて語っているのを少し注意して眺めたりしてるんだけど、やっぱりフィルムカメラって今、来てるよね。特に若い人たちがその使い方は分からないけど「欲しい」って囁いてる感じが、とても肉声な感じがしていいなと思う。

そうそう、みんな「エモい」って言うよね。僕のようなおじさんになると、感覚的にはその感じ、分かる気がしてるんだけど、若い人たちがいう「エモい」というのはもっといろんな感情や感覚が混ざってるんじゃないかと思う。興味深いけど、僕の身の回りにフィルムカメラに関心のある若い人はいないんで、なかなか真相を掴むには至らない。

でも、想像として一つあるのは「時間感覚」なんじゃないかなと思ったりしてる。撮った直後にスマホカメラやデジカメのようにすぐには写真が見られない、現像するまで記憶を封じ込めるあの時差感覚。あと、辺りの光をすくいとってフィルムにのせていくあの独特のノスタルジックな写真の風合い。そして、クラシックなカメラに触れるあのちょっとしたタイムスリップ感。そういう要素が絡みあって「エモい」という印象をつくってるんじゃないかってね。想像だけどね。

でも、ちょっと分かるんだ。デジタル時代と引き換えに、僕らは何か大切なものを過去に置き忘れてきたような気がしている。そんな忘れ物をフィルムカメラが取り戻してくれる気がどこかするんだ。アナログ時代を知らない若い人たちからすると、フィルムとフィルムカメラに惹かれるのは、きっとにんげんの本能みたいなものなんじゃないかって。にんげんが求める、にんげんらしさを懐かしく思う気持ち。それは、僕らのような昔の人も、いまの若い人たちも同じなんじゃないかってね。

あいかわらずフィルム価格と、フィルム産業を取り巻く環境は、なかなか厳しい状況にも見えるけど、にんげんが本能として求めるフィルムカメラの存在は、流行り廃りというものでもないような気がする。カメラの未来は、フィルムカメラが握ってるんじゃないかってあらためて思ってるんだ。

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