Leica M-P typ240

ライカのレンズの良さなんてのは、口で説明するのはむずかしい。

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Leica M-P typ240, Summicron 50/2 1st

ライカのレンズの良さなんてのは、口で説明するのはむずかしい。

窓の外は雨。もう少し小降りにならないと愛犬と散歩にも行けないな、などと考えながら、雨宿りがてらブログを一本書こうと思う。今朝はライカのこと。

僕はライカのカメラとレンズが好きだ。ライカのカメラは高価ではあるけど、あのミリマルで洗練されたデザイン、手に持った時にズシリとくる密度のある重み、精密機器の塊としてのセクシーさなどは、ある程度分かりやすく高価である価値を感じさせてくれる。そう、手に持って動かしてみれば、なぜ高価なのかはある程度分かりやすいのだ。

それと比べると、ライカの「レンズ」の良さを伝える表現はむずかしい。もちろんデザインも素晴らしい。けれど、どうかしたらカメラ本体より高価なライカ製レンズの良さを言い得ている最上のポイントではない。それはやはり「写りの良さ」なわけだけど、ライカのレンズの写りの良さを言葉で見事に言い表したものを僕は見たことがない気がするし、僕自身もそれを言葉にして説明できるとはとても思えない。

恥ずかしいけど「なんか違う」「なんか良い」「柔らかさの中に強さがある」なんて言葉でしか説明しきれないじぶんがいるし、以前ライカのレンズの撮り比べを記事にしたことがある(いちばん下の「合わせて読みたい」の記事)けど、読み返すと言葉ではまったく言い表せていないことを痛感する。

僕はその記事を書いて以来、ライカのレンズの良さを言葉にするなんてそんな高度な芸当はじぶんには無理だと悟り、その後はレンズの良さを言葉にするのはやめて、ひたすらそれで撮れた写真だけを見せることへと変わっていったように思う。

ライカのレンズは「空気まで写る」とか言うけど、それはそうとも言えるし、そうじゃないようにも感じる。とにかくいい意味で微妙で曖昧なんだ。ただ、他のレンズの写りとは明らかに何かが違うようには思う。パキッとクリアに写るというものとも違うし、単純にボケが美しいというのとも違う。そもそも写りの良さとは何を指すんだっけ?とか、レンズの価値観を問いかけてくる、そういう引き込まれる写り。それが僕の中のライカのレンズ。

いやあ、朝から何を抽象的なことを数十行も書いているのだろうと思うけど、このつかみどころのないあやふやな浮遊する感覚の撮れ味が、僕にとってのライカのレンズの高価さに見合う価値観だ。こんな曖昧な価値を高価さに転換したモノは、他に知らない。まあ、そこに明瞭な答えがないからこそ、その魅惑さにここまで心惹かれるわけだろうけど。さて、外の雨は少し小降りになってきた。そろそろ散歩カメラを用意するとしよう。

エルマー、ズミクロン、ズミルックスで撮ってみて思うのは、それぞれ必要だということ。 エルマー、ズミクロン、ズミルックスで撮ってみて思うのは、それぞれ必要だということ。 これはもう完全なる僕の主観なわけだけど、50m...
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