RICOH GR

僕がいいと思う写真がいいとは限らないことについて。

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もうこのテーマは永遠のテーマというか答えのない旅のようなもので、永遠にループするし、このブログでも何度も同じようなことを書いている気もする。でも、何度でも繰り返し考えるのが写真をやるサガでもあるというか、カメラを持った瞬間から一生ついてまわる自問自答なんだよね。

たとえばこの写真なんかはなんの変哲もない光景の写真だけど、僕は好きな写真でね。なぜかって言われてもちょっと答えに困る。色が好きだったり、飾らないシーンが好きだったり、なんだか風が撮れてるような小さな喜びがあったりするし、ピントが僕の意図を軽く裏切ってくれてるところがいいなと思ったり。理詰めで理由を述べるとこんな感じかもしれないけど、それはなんというかテクニック的なもので、好きとかいいなとという観点でいうと、もっとふわっとした感覚でいいなってことになる。以上!みたいなね。

でも、僕がいいと思うものでもSNSなんかにポストすると、全然ほかの写真のほうが反応があったりしてね。もっといえば他の人の写真で僕なんかは反応しない写真が、すごく評価されたりしていてね。で、もうこれは毎回答えのない”いい写真とはなにか”みたいなループに続く。それでも、僕が唯一モノサシとして気づいた解釈は、「誰のために撮った写真か」ということ。誰を喜ばせたり感じたりさせたくて撮った写真か、そこだけはあるなと。つまり、僕がうれしくなるために撮った写真は僕がいいと思う写真になるし、息子や友人をうれしくさせたいと思って撮った写真はその被写体のひとたちがいいと思う一枚がいい写真ということになる。それなら答えは人それぞれでも明快だなと。プロカメラマンの人なら依頼主のひとがうれしく思う写真ということになるのかな。この「いい写真とはなにか」というテーマで何晩か飲み続けられそうだけど笑、まあ、こうしてこのテーマをループし続けることもまたカメラをやる楽しみなわけで、これからまた何度もこのブログでふれるんだろうなあ。ということで、またいつかへ、つづく。

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