写真とは

カメラとブログで、どこかの誰かを少しハッピーにしたい2020年。

Nikon Coolpix P340

新しい年を迎えた。なぜか理由は分からないけど、いつもより少しワクワクした気持ちがするからなのか、こんな真夜中に目が覚めたので、少しブログを書いてみる。

人生には、その何十年かの過程の中で、何度かターニングポイントになるようなタイミングがある気がする。振り返ると僕にも何度か思い当たるタイミングがあるけど、最新のタイミングでいえば、やはり「カメラとブログを始めた」ことではないだろうか。

若い頃から何をやっても熱しやすく覚めやすかった僕は、特にこれといった趣味もなかったし、まあ控えめにいっても誰かのために役に立つような人生は微塵も送ってこなかった。そんななか、この「カメラとブログ」だけは数年間続いていて、ほんのわずかだけど、じぶん以外の人とつながりとかひろがりを感じつつあるなと思うのである。

というのも、このブログ「記憶カメラ」の閲覧数が、去年はあとちょっとで年間100万ページビューというところまでいったのである。訪問してくれた人の数も30数万人…、じぶんとしては途方もない数字だったりするわけである。いや、世の中にはもっと人気で凄い閲覧数のブログが山のようにあるので、こんなことを書くのは少し小っ恥ずかしいのだけど、それでも僕の人生においていえば、十分すぎるくらい事件な数字なのである。

もともとは、カメラを始めた頃に、なんとなくその軌跡をじぶんの記憶として残していこうと始めたブログ。だから、誰かの役に立てばなんて思ってもみなかったし、ましてや年に数百人、数千人の人くらいに読んでもらえれば御の字くらいのつもりが、特に去年一年間はぐっと訪問してくれる人が増え、気がついたら年間100万ページ近い記事を見てもらえるようになっていたのである。

ご覧の通り、僕のブログはほんと日記のような佇まいでしかないブログで、見出しもなければ、驚くよな写真が展開されているわけでもない。カメラに関するブログについていえば、こんなブログよりも詳細スペックや比較記事、披露するに値する素晴らしい写真が展開されたブログが他にたくさん存在する。それでも、僕の中では決して少なくない人数のひとたちが、このブログ「記憶カメラ」を訪れてくれたわけである。これが意味することは何なんだろうかと。

人生とは劇的なことばかりじゃないけど、何かじぶんらしい時間をじぶんに注入する時間がいる。それに「カメラ」というモノを当てはめている人たちが、僕のようにわずかだけどいて、それが積もり積もると、決して少なくはない数になるんじゃないかと思ってる。いや、僕も気づかされた、そういう事象が世の中にはあるんだって。

別に驚くような写真を撮るわけじゃないけど、じぶんのお気に入りのカメラを持って散歩したり、街角でふとスナップ写真を撮ったり。フィルムカメラという道具に出会って、日々の中に存在する光と影を捕まえることにささやかな感動を覚えたり。昔は高価で手が出なかったような歴史的カメラたちを、いまこの時代に子供の頃の遊び道具のように手に入れてカチャカチャと操作しては楽しんだり。そんな、僕が毎日に少しだけ幸福のエッセンスとして楽しんでることに、同じように共鳴する人たちがこの世には存在してるんだなって。

だとしたら、凄いことは書けなくても、自然体で、等身大で、僕という人間が少し夢中になって追いかけてるカメラのことや、それで得られた気分みたいなものを書き残していけば、わずかでも誰かのためになるんじゃないか。誰かの人生に少しだけ影響を与えられるんじゃないかと、最近ほんとうに思うんだ。そんなことを気づかせてくれたカメラとブログは、けっこう凄い装置であり、コミュニケーションツールなんじゃないかってね。

ここ一、二週間の間に、このブログのコメント欄や、このブログのTwitterアカウントに、このブログを通して「こんなカメラとの出会いを果たせた」といったニュアンスのメッセージをいくつかいただいた。ほんとうにいくつかだけではあるんだけど、僕としてはガッツポーズをとるようにうれしい出来事で、こんな僕でも誰かの役に少しだけ立つことができたと思うと、カメラに出会えたことやブログを続けてきたことに言いようのない感動を覚える。

それは、期待を込めた希望でもある。世の中では斜陽産業のように言われるカメラ業界だけど、確実に楽しんでいる人たちが少なからず存在していて、そんな人たちの熱を感じると、フィルムとかデジカメもまだまだいけるんじゃないかと。決してスマートフォンのカメラでは得られない豊かさや記憶がカメラにはやっぱりあって、このブログを読んでくれた人たちがまた点と点でつながって、次の新しい点となる人たちに飛び火してくれるんじゃないだろうかと。

やがてそれは線になって、これまで誰も足を踏み入れたことのない雑草地の世界の片隅に、新しい道を踏みしだいて、やがてそこにまた一つ新しいカメラ人生みたいな通り道を作ってくれるんじゃないかってね。大袈裟すぎるかな、でも可能性としてはゼロじゃないと思うんだ。そんな希望を、僕は、僕のブログに訪れてくれる人たちの決して少なくない数を見て、わずかな手応えとして感じてるんだ、希望を。

だから、2020年も書き続けようと思う。このブログ「記憶カメラ」を。たわいもない事柄でも、僕という一人の人間がカメラを通して感じとったことを、決して大袈裟でなくても、背伸びせず、ふだん目線でコツコツと綴っていこうと思うんだ。僕は間違いなくカメラにそれまでとは違う人生の色みたいなものを提供してもらった。だから、僕がカメラに恩返しみたいなことをしたいという気持ちも込めて。

なんだか、カメラのことはまったく書いていないポストになっちゃったけど、これが新しい年を迎えた僕が素直に綴っておきたいと、指先というペンを走らせてみたこと。もしよかったら、これからもたまに遊びに寄ってくれればとてもうれしいし、僕というよりは、このブログを見に来てくれた他の人たちに少しエールを送る意味でも、みんなとカメラのエピソードをブログ内コメントに書き残していってもらえると、また一つ誰かの世界が広がるようでうれしい。

さて、2020年。オリンピックが日本で開催されるこの年に、カメラ界と僕の身の回りにはどんなことが起きるのか。予想もつかないし、これ以上新しいカメラとの出会いがあったら僕はそれに耐えられるのかとか密かに戦々恐々な思いもなくはないけど笑、でもね、平凡と思える日常にも実はこんな未知でワクワクできることや場所があるということに少なからず手応えも感じている今日この頃。

世の中はなかなか捨てたもんじゃないぞと気づかせてくれたカメラと、僕は今年も突っ走るのである。派手ではないけど、地道に、確実に。あけまして、おめでとう。そして、本当にあけようじゃないか、カメラとまた一つ新しい扉を。

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