写真とは

誰だって、スマホよりカメラで写真は撮られたいんじゃないかな。

Nikon FE, Konica C35

断定しちゃうのもどうかとは思うけど、仮説としてはかなり確度は高いんじゃないかなと。人は写真を撮られるなら、スマホよりカメラで撮られるほうがうれしいんじゃないか、って仮説だけどね。

というのも、きょうひとつの記事をたまたま読んでね。以下の記事なんだけど、林家ペーさんとパー子さん夫妻のインタビュー記事なんだけど、一見、昭和の頃の話に思えて、いや、現代にもけっこう当てはまるというか、実は本質的なことは変わらないかも、と思ったんだよね。

そう、たしかに昔と比べたら今は誰でもいつでも写真が撮れる時代なんだけど、楽しさという観点でいうと、撮る側だけじゃなくて撮られる側の人だって、スマホカメラを向けられるよりはカメラを向けられるほうが、どこか特別で会話なんかも弾んで場が和むんじゃないかってね。

それと、この記事にあってハッとしたこととして、そうか、昔はたしかに実用品としてフィルムカメラなんかがどの家庭にも一台あったかもしれないけど、フィルム代や現像代のこともあって、撮るのは少し特別な時というか、思い出のシーンとして残しておきたい!っていうここぞの時にカメラを持ち出して撮っていたんだよね。

OLYMPUS OM-1N

そう考えると、現代だって、ふだんの割とどうでもいいというか記録画像みたいなものはいつも所持してるスマホカメラで便利に撮っていればいいとして、ちょっと特別な時というのはやっぱりあるわけで、そんな時はお気に入りのカメラを持ち出して記憶に残る写真を撮れば、案外昔と変わらず需要はあるはずじゃないかと思って。

やれ、スマホカメラに押されてカメラ需要は落ちてると言われがちだけど、それは正確な言い回しではなくて、「特別なシーンにはカメラで楽しもう。撮る人も、撮られる人もうれしくなるカメラで撮ろう」みたいな普遍的なことを、カメラメーカーや写真雑誌がしっかり世の中の人々にアピールし続ける取り組みがシュリンクしてるんじゃないかと思ってね。だって、人生の特別なシーンは時代が変わっても、減ったりするもんじゃないから。

コンパクトなOLYMPUS XA2。

フィルムカメラ時代だって、大衆的カメラがポピュラーだったんであって、スペック値バリバリのハイアマチュア機やプロ機がどこの家庭にもあったわけじゃない。だから、比較的安価で、それでいて撮られる人もにっこりするようなコミュニケーションツールとしてのカメラがもっとあっていいし、それを単なるモノとしてではなく、利用シーンも含めた生活を豊かにするコトとしてもっと売り込んでいかないといけないんじゃないかと、あらためて思ったんだよね。

カメラメーカーさん、もうスペックのことはいいから、ライフシーンやライフスタイルとしてカメラを語ってくれないかな。いや、ほんとうに。人生の豊かな時間を作ったり残したりすることに全力を注いでほしい。いまの人は、そういう豊かさにお金を払うんだよ。

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