FUJIFILM X half

今朝みたいにシトシトと少し鬱陶しく思える雨が降る日なんてのは、本来であればあまりカメラを持ち出すのも億劫だったりするのだけど、X halfなら手が伸びる。これはけっこう画期的な「性能」なんじゃないかと思っている。

そういう携帯のしやすさでいえびRICOH GRでもいいわけだけど、自然とX halfに手が伸びるのは、そこになにかしらフィルムライクな感覚を欲しているということだろう。

あと、ちゃんと撮りたいというわけではない、というのもあるかな。やれ画角にこだわってとか、やれピントがとか、そういうことから解放されてなにげなくシャッターを切るくらいのほうが心もリラックスするとかね。

FUJIFILM X half

そもそも人間が見ている世界も、また記憶にしたって、決して鮮明でなく、むしろ曖昧だ。ましてや作品などを撮ろうとも思っていない時のカメラとレンズとしては、ちゃんと撮れないほうがしっくりくるのである。

そういう人なり、そういう気分の時は、このX halfというカメラは実にいい。いい感じで上手く撮れないし、いい感じで下手に撮れる。いや、このあたりの表現はなかなか適切な言葉が見つからないけど、感覚的にはデジタル写ルンですというのがわかりやすい例えということになるだろう。

FUJIFILM X half

そんなちゃんと撮れないカメラが10万円近くするの?という解釈もあるが、このなんでもちゃんとしないといけない風潮の現代にあって、なんか子どもの頃のある種のテキトーさが得られるという意味で、それもまた価値なのかもしれない。

ちゃんと撮りたいという人はRICOH GRを買ったほうがいい。でも、あえてちゃんと撮りたくないという人は、FUJIFILM X halfを選ぶと案外幸せになれるんじゃないだろうか。そのほうが人間らしいという意味において。