フィルムカメラ

フィルムの値上げに思うこと。

僕の愛用フィルムたち

昨日あたりから、またTwitterの中で来月からあるブランドのフィルム価格が二割ほど値上がりするのでは、というツイートを見かける。あくまで噂のレベルなので信憑性は分からないが、事実であったとしても驚くことではない。それほどまでに、フィルムの値上げは毎年の恒例行事になりつつある。

フィルムとフィルムカメラが若者たちの間で密かにブームと言いつつも、全体のカメラ需要が年々減少していることを考えれば、フィルムも年々希少品になっていることは間違いなく、それは銘柄の減少と製造コストの増大につながる。そして、おそらく今回の値上げは為替の急激な変化にも影響されてのことだろう。

そのうねりはあまりに巨大で、僕らアマチュア写真愛好家がどうこう対処できるレベルの話ではない。少なくとも僕にできることといえば、フィルムを完全に止めることなく僅かずつでも使い続け、その楽しさや豊かさをこうしてブログで伝え続けることだけだ。

フィルムがたとえ値上げを続けても、フィルム写真を撮ることが職業に通じている人たちや、これまでフィルムでしか写真を撮ってこなかった人たちは、これからもフィルムを購入し、フィルムで撮り続けると思う。それは、写真を撮ること=フィルムで撮ることなわけだから、コストとの兼ね合いはあるにせよ、写真をやめないかぎりフィルムをやめることはないと思う。

僕が気にするとすれば、これからフィルムを始めようとする人たちに対しての障壁の高さかな。それこそ、フィルム写真のエモさに魅力を感じてフィルムカメラを手にしている若い人たちにとって、さすがに35mmフィルムが一本1,000円以上、ブローニーフィルムに至っては一本2,000円みたいなことになってくると、遊びのひとつとしての出費としては高価すぎる。おそらく何かを削らなければ捻出できない金額ではないだろうか。

いとしのフィルムたち。

何かを削るくらいの覚悟があれば、それは先述したフィルム写真を職業にしている人やフィルムでしか撮らない写真人生の人たちとある意味同じ思いだから、フィルムの値上げは受け入れざるを得ない事象(たとえばそれは消費税のアップのように)だけど、多くの人にとって写真はもっとライトでカジュアルなものだろうから、そこだけが気がかりではある。

とはいえ、この流れはもう個人では止められるレベルにない。フィルム価格とじぶんの懐を睨めっこして、できるかぎりの範疇の中でフィルムと向き合っていくしかない。そういう僕も、以前と比べれば格段にフィルムで撮る頻度は減って、いまはデジカメで撮ることにずいぶん移行している。僕はかなりの数のシャッターを切るタイプの人間なんで、フィルムだけで撮り続けることにはじぶんなりに限界を感じた結果だ。

とはいえ、写真を楽しめていないわけではまったくない。あいかわらずクラシックなスタイルのカメラたちが好きだけど、デジカメでもそうしたテイストを堪能できる環境を、それこそカメラメーカー各社が提供してくれている。富士フイルムはフィルムを縮小してけしからんみたいな声も耳にするけど、僕は富士フイルムのデジカメでその時代の転換の中でも「写真を撮る楽しさ」を満たしてもらっている。

FUJIFILM X-Pro3
PENTAX K-3 Mark III

今年手にしたPENTAX K-3 Mark IIIも、あらためて写真を撮ることの楽しさを再認識させてくれている一台だ。必ずしもフィルムじゃないと写真本来の楽しさが味わえないというわけじゃない、というのが僕のいまの率直な感想だ。フィルムで撮ることも楽しいし、デジカメで撮ることも楽しい。そのどちらも味わえる奇跡のような時代を生きている、というのが大袈裟ではなく今を生きるひとりの写真好きの思いだ。

ただ、フィルムの存在によって成り立っている貴重な産業があることも事実。フィルムを販売するお店、現像してくれるラボ、フィルムカメラの販売や修理をしてくれるお店や熟練した職人の人たち。こうした産業構造が存在して、初めてフィルムは「写真」として具現化されるものだから、フィルムの需要が落ちることでこうしたフィルム産業が成り立ちにくいものになっていく不安はやはりどこかにある。

あまりに問題の規模が大きすぎて、どうにも考えようがないようなテーマだったりするわけだけど、写真の文化はそうした環境から生み出されてきたことは、これもまた目を背けることはできない偉大な事実。写真も営利目的のビジネスであると同時にかけがえのない文化だから、単にビジネス目線だけで方向性が定まらないでほしいという思いはやっぱりある。

Kodakのフィルム Gold200

今回も答えを見出すことはとてもできないフィルムについての話だけど、このブログにはその時々の僕の心境みたいなものを綴っている備忘録でもあるんで、少し気持ちを整理しつつ書いてみた。冒頭に書いたフィルムの値上げ話が事実であるかどうかも分からないのだけど、いずれまた値上げすることは間違いない。つまり、このテーマとはこの先もずっと運命を共にする。ある意味、僕らはフィルムの行く末の目撃者でもあるのだ。

よって、この話はたびたびこのブログに登場し続けるし、僕もそのたびに何かを考え続けるということ。いまを生き、写真と向き合うことは、フィルムの未来と向き合うということなのだ。

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