NikonとNIKKOR

久しぶりに「もう一台欲しい」と思わせてくれたカメラ、Nikon F5。

Nikon F5, Ai AF 50/1.4D

手に入れたばかりのフィルムニコンのブラックシップ機「Nikon F5」にフィルムを入れて、連休初日の秋の朝、おだやかに試し撮り散歩へ出かけてみた。つまり、使い始め初日なわけだけど、二、三枚ほどシャッターを切った瞬間に思ったわけである。「このF5、もう一台欲しいかも」と。

そういうカメラは僕の過去の経験で言うと、Leica M3しかない。結果的にM3はまだ一台のままだけど、つまりは「これほどまでに代わりの効かないモノはない」と悟ったカメラ、ということ。それでもM3はしばらく使い続けてみてそう思ったわけだけど、このF5は使った初日、いや使った瞬間にそう思ったのである。それくらい異次元の体験なのである。

もちろん、もう一台欲しいと物理的にも思える値段であることも大きい。Nikonがフィルム時代の集大成として、持てる技術のすべてを投入したであろうモンスター級のフラッグシップ機が、四半世紀ほどを経て数万円で手に入るのだから、その幸福さをありがたいと思う気持ちと、この素晴らしい体験をいつまでも手元に残しておきたいという気持ちが相まって、僕に直感的に「もう一台欲しい」と思わせるのであろう。

購入時になじみの店員さんたちといろいろ会話したけど、僕が以前F6を所有していたことを店員さんらも知ってるから、それとの対比的にもF5のことを教えてくれる。あの最後のフィルムフラッグシップ機でまさに最高品質のF6を持ってしても、プロ機としての真髄はF5が勝ることを熱っぽく語ってくれるのである。往年のカメラを継承し続けている彼らにしても、このF5の価値は語り続けないといけない類のものなのだろうと察する。

ご覧の通り、F5は縦グリ一体型の大柄なボディだ。プロ機としては縦グリはお馴染みのアイテムであるが、プロ機であるフィルムニコンF一桁機にあって、この一体型ボディはF5しなかい。F5が技術的にも最高峰に達していたけども、FからF4まで縦グリ分割式に慣れてきたユーザーの人たちのリクエストに応える形で、その後にF6を出さざるを得なかったと。真意はともかく、すでに世の中のプロ機が即時性に優れたデジタルへ移行していた時期に、F6がそうしたハイアマチュア向けにボディを分割式へとコンパクトにし、背面液晶なども見やすく大型化されて登場することになる。

Nikon F5, Ai AF 50/1.4D

けれど、F5はそうした趣味的カメラユースのことには一切眼中にないというか、ただひたすらピュアにプロカメラマンがプロユースのために必要とするニーズだけにまっしぐらで開発されたであろう迫力がある。F6のようや洗練さとは異なり、言葉は合っているかどうかわからないけど、もっと暴力的で過酷な報道現場の道具としての凄みに満ちている。

電源スイッチはいちいちロックがかかり、誤動作は許されない設計。ファインダーは交換が可能。光る窓は極力排除され、背面モニターは下部に僅か。フィルム装填はシャッターを押して一瞬。AFスピードもピタリと一瞬。フィルム巻き戻しは周囲の静寂を邪魔しないよう自動では行われない…等々、触るたびにこれがプロの現場のあり様なのかと感じながら触り始めることになる。

そして、その一つ一つの作り込みの厳格さに、見えない内部の堅牢性もそれはとんでもないものだろうと想像するのである。実際、修理職人の方はバラすと、見た目や操作感で同じように見えるF5ジュニアと呼ばれたF100などとは、やはり使われている部品の質や設計の高度さが段違いと言われるらしい。

F100とF5を比較するととかそういう話ではまったくない。使われ方と開発のスタンスがまったく別物であるわけで、実際、僕らアマチュアの趣味的写真愛好家にはF5までの性能は完全にオーバークオリティだ。けれど、その一端を一度垣間見てしまったら、そこは魔性のような域に足を踏み入れてしまった感があり、もはや現実の必要不可欠なクオリティに戻れないような何かが芽生えるのだ。

アマチュアの写真愛好家の人たちでデジタルのフラッグシップ機を使い続ける人たちがいるけど、僕も果たしてそこまでのクオリティが必要なのかと思うところがどこかあったけど、F5を手にしたことで、今はその気持ちが少し分かる気がする。そのクオリティが物理的に必要かどうかよりも、一度でも手にするとそのものさしから戻れないのである、たぶん。

かといって、最新のデジカメのフラッグシップ機は値段もプロ級で、一般人がおいそれとは買えない。そこからすると、フィルム時代の集大成プロ機であるF5は、プロ機の世界を垣間見るにはもってこいの選択肢となるわけである。

使いやすいか?と聞かれれば、僕も使い始め初日だし、大してカメラ知識もないので上手くは答えられない。けれど、その一般ユースでは垣間見れない、尋常ではない迫力と硬派なシャッター体験が待っていることだけはお伝えすることができる。フィルムカメラは機械式が好きな僕だけど、このF5は別腹である。当時のNikon、いやカメラ界が最高技術をすべて注いでフィルム時代のプロ機の集大成として開発したカメラを体験しない手はないと思う。F5で時代の目撃者になる、というのはどうだろう。

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