写真とは

カメラはやっぱりいいね。時空の連結装置だ。

Ricoh GR モノクロ

カメラというのは不思議な装置で、目の前の光景をストップモーションで切り取れば、そこにその撮り手の思考とか息遣いみたいなものが平面に密封され、それは写真という形になって見る人にいろんな思いみたいなものを訴えかける。時に数十年という月日をひとっ飛びして共有されることもあれば、会ったこともない遥か遠くの人にまるで目の前の光景のような臨場感を伝える。それはもう僕的にいえば、

「時空を超えて撮り手と見る人を連結する装置」のような。

何かに例えようと思ってもこんなすごい装置は他に思い浮かばない。一見たとえ普通に見える写真でも、撮った人にはその瞬間シャッターを押させた何かパワーのようなものが込められている。見る者は直感的に撮り手の思惑やその瞬間の辺りの空気感みたいなものを想像する。答えじゃなくて問いを発してくる、それが僕の中の写真観だ。「なぜ、この撮影者はこの写真を残したかったのだろう」、「(撮影した)私はこう捉えたけど、あなたならこの写真に何を思うだろう」、そんなとてもすぐには思い浮かばないような、些細に思えるけど実は壮大な問いを写真は僕らに投げかけてくる。そのエネルギーはプロもアマも関係ない、撮り手の熱となって時空を超えて脳や心に突き刺さってくる。

映像のように音や時間の移ろいがあるわけではない。でも、写真は時に目の前の現実の光景よりリアルな撮影場所の臨場感を醸し出す。写真やカメラを好む人はきっとその紙切れであり静止画に宿る時空の連結みたいなコミュニケーションをほくそ笑むように静かに楽しんでいるんだと思う。僕はカメラを始めてから何度となくそういう時空を超えた連結装置の凄みみたいなものを感じてきたし、他の人が撮った写真を見ては何か誰かの脳内や体内、その周辺の様子を覗き見ているような、もしくは疑似体験しているやうな感覚に陥ることを恐々楽しんでいる。その決して綺麗なだけではない写真の世界が持つ危うさみたいなものが、カメラのまた魅力なんじゃないかと考えている。

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