Leica M-P typ240

こんな美しいプロダクトデザインは、ライカとジョブズの頃のAppleくらいじゃないだろうか。

Leica M-P typ240, Elmar M 50/3.5

まあ、それは言い過ぎかもしれないけど、それに近い感覚が僕にはある。故スティーブ・ジョブズがiPhone4の発表のプレゼンテーションで「今度のiPhoneの美しいデザインは、まるでクラシックライカのよう」と語った話は有名だが、まさにライカが求めた機能美とジョブズが求めたiPhoneの機能美は、その精神性からしてイコールだったのかもしれない。

ライカの美しさはある意味ネガティブにも作用するほどで、その高価さと美しさによって、実用品として使われることなく骨董品やインテリアとしてずっと飾られているものもあると聞く。カメラなんだし、ストリートスナップが似合う道具だから、ガンガンに使い古されていくのが本来のライカらしさだろうけど、そのあまりの美しさに酷使するのを躊躇する気持ちも分からなくはない。それほど、このデザインは美しすぎる。

まあ僕もライカファンの一人だから、多少贔屓目に見てしまっているかもしれないけど、このライカのボディ、そしてエルマーのデザインの妙は、黄金比で構成されているんじゃないかと思えるほど目に心地よく、破綻がない。エルマーについてはフードを被せると絞り値が操作しづらかったり見えにくかったりもするんだけど、そんなことは度外視したくなるくらい、その美しさはずば抜けている。多少の使いづらさを伴ってでも見た目のクオリティに妥協したくなかっであろう開発者の思いもまた、ジョブズがめざしたデザイン志向に似ている。

カメラは撮る道具で眺めるものでは本来無いけれど、だからといって美しさに妥協しない姿勢は、クリエイティブなモノを生み出す装置としては実はとても大事に思える。きちんと動けばいい、確実に写真が撮れさえすればいい、という実用品の域にとどまらなかったことが今日のライカを孤高のブランドたらしめていることは間違いない。美しい道具なら、美しい写真が撮れそうな気がする。それもまたカメラに必要な美学なのである。今夜もこの美しさを眺めて眠りにつこうと思う。

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