寄れないカメラに慣れてくると、それもまた世界を広げてくれる。

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カメラをフィルムにして感じた変化のひとつに「寄れない」というのがある。僕の持っているカメラたちはそう。Leica M3もKonica C35も1mくらいまで。Nikon FEはもう少し寄れるけど、それでもデジタルのRICOH GRの10cmとか以前持っていたマクロレンズ(それこそ5mmとか)や望遠レンズと比べると、どれも寄りじゃない写真を撮ることが前提になる。そうすると花との向き合いなんかも変わる。寄れるカメラならたぶん花そのものを撮っていただろう僕が、花も撮るけど花のまわりの光景を切りとることへと意識が変わってゆく。花とまわりの色のコントラストとか、光と影の織りなす様子をうかがうとか、光景の見方が少し広いフレームへと変わる。いまは僕は50mmの視界(C35は38mm)に少しこだわって撮り続けてるから、脳がそういう光景の切りとり方へとシフトしてる感じがする。特にレンジファインダーはそうだよね、寄れないことを前提に撮る意識が芽生えるから、おのずとスナップ的目線になっていく。カメラをデジタルで持ち始めた時はとにかくボケが楽しくて、花に寄って背景をボカしたりが楽しかったけど、今は広い光景の中から撮りたい50mmの一角を切りとることが楽しい。寄りの写真が撮りたい時はGRとiPhoneにおまかせのようになってきました(Twitterにリアルタイムであげる時はこのデジタル二択に)。カメラが変わると、少し世界の見方も変わる。そして、物理的に寄れない環境ができた時、僕の世界は少しだけ広がったように思う。もちろんいい意味でね。

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