正確にいうとNikon F2アイレベルとAuto Nikkor SC 50mm f1.4の組み合わせだね。もうほんと惚れ惚れする。
このF2は先週修理から戻ってきたもので、けっこう傷もあったりするんだけど、こうして佇んでる姿はほんと流麗で美しい。
F2はある意味、地味な存在。初代のFとベストセラーのジウジアーロデザインのF3という偉大な2機種に挟まれた存在だからね。
でも、そのむやみに主張し過ぎないところがまた惹かれる。デザインはたしか社内デザイナーなんだよね。鋭利な男らしさのFと比べると、角がとれてその分流線的になった。
しかも、その控えめなデザインとは裏腹に、その中身はFを徹底的にリファインして、機械式カメラとしては世界最高峰といっていいクオリティを詰め込んできた。
その外見は控えめなんだけど、中身はマッチョというスタンスがまたF2を通好みの特別な存在にする。
機能美というのは本当にそうで、このF2の佇まいには、そうした孤高の存在としての静かなプライドのようなものがプンプン薫る。
弟分でライトなFEなんかと比べると、そのフォルムも実は相当にマッチョでアグレッシブなことが分かるんだけど、単体で佇んでる時はそうした雰囲気をスポイルして実にクールだ。
そして、ひとたびシャッター巻き上げレバーを引き、シャッターを切れば、このカメラがいかに堅牢でとんでもない凄みを持ち合わせてるかが手と脳にダイレクトに伝わってくる。
僕はF2を手に入れる時、FとF3も直に触れて比べて最終的にF2に決めたんだけど、その直感のようなものを信じてよかったなと思う。カメラとは惚れたもん勝ちだからね。
このレンズ、Auto50/1.4はF2といっしょに購入したもの。買う時は当然試し撮りなんかできないから、もう見た目で選んだといっていい。それくらいF2シルバーのボディにはこのAuto Nikkorがよく似合う。
先日修理に出した時にTwitterである人が、長持ちさせるコツは酷使せずたまに使うくらいにしてあげることと言ってたけど、頭では理解しているものの、このF2の姿を見ているとガシガシと酷使してやることが最もこいつにとっても幸福なんじゃないかと思わせる。
幸い適度に傷もあるし、壊れたらまた修理に出してあげればいい。直しやすさも機械式カメラの優秀な性能だからね。
そういえば、カメラ修理店の人もエフツーと呼んでいたし、最近買ったF6マニュアルにもNikon内でもエフツーが正式呼称と書かれていたから、近ごろエフニと呼んでいたんだけど、あらためてエフツーと呼び直していこうと考えている。
気のせいか、この佇まいにはエフツーのほうが似合う気がする。