写真とは

世の中にこれだけ写真が溢れると、カメラはとても重要なんじゃないかな。

PENTAX K-3 Mark III, smc PENTAX-M 50/2

スマートフォンの台頭は、本格的カメラを脇に押しやりつつも、写真のほうはむしろ大量に撮られる時代を作り出した。

TwitterにしてもFacebookにしても、アプリをひらけばみんな、恐ろしい数の写真を連日連夜、投稿しまくっている。

なかでもInstagramは、写真専用のSNSとして極々一般の人に「写真を撮って、人に見せる」という行為を世の中に定着させた存在としては、ある意味、写真史の中で歴史的な出来事だったかもしれない。

いやいや、あんなのは写真とは呼ばないという人もいるかもしれないが、僕はこれだけ一般的になったSNSの写真投稿にこそ、本格的カメラを少しでも使ってもらったほうがいいと思っている。

なぜなら、SNSの中が少し豊かで文化的になると思えるから。

情報をアップデートする手段として今やSNSの無い世界は考えづらいから、毎日目を通す。つまり、目に見える光景の中でけっこう「SNSの景色」というのはその比重が少なくない。

けれど、目にするその景色の写真たちの多くはスマホカメラで撮られ、リアリティはあるかもしれないけど、お世辞にも美しいとか豊かとは思いづらい。まあ、あくまで僕の個人的な捉え方だけど。

でも、写真を撮る人が増えているのなら、その中の何割かの人たちが仮に本格的カメラで撮り始めたら、SNSの中の景色もちょっと変わるんじゃないかという期待がどこかある。

一度、スマホカメラで撮るあの手軽さを覚えてしまったら、なかなか本格的カメラで撮る行為に戻ることはむずかしいかもしれないけど、でも本格的カメラを手にすることは「撮る行為そのもの」も豊かにする恩恵は間違いなくある。

そして、これはたぶんだけど、いまスマホカメラで撮って投稿しているInstagramなんかも、本格的カメラで撮って投稿すれば、それだけで何か毎日に変化が起こるんじゃないかとも思う。

カメラとは、そういう「じぶんの目の前の景色を変えるチカラ」があるモノだと思う。

いまの時代、写真は見ない日は無いというくらい身近なものになった。もう目にする光景の至るところが写真だらけだ。

その光景が少しでも美しく豊かてあるために、一人でも多くの人が本格的カメラを手にするといいなあ、なんてことを最近よく考えている。

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