HASSELBLAD

気負わず、ほどよいリズムで、令和もフィルムで撮ろう。

Hasselblad 500C/W

気負わず、ほどよいリズムで、令和もフィルムで撮ろう。

いよいよ平成が幕を閉じ、新しい元号「令和」の時代がやってくる。昔、明治・大正・昭和の三時代を経験した人をすごいなぁなんて感じてたけど、まさかじぶんが昭和、平成、令和という3つの時代を経験するとは考えてもいなかった。僕の青春は昭和だし、その勢いのあった時代と比べると、平成という時代はついつい苦しいというか停滞の時代のように感じるんだけど、よく考えたら、僕は平成にデジイチに出会い、平成にフィルムを始め、初めて趣味らしい趣味を持てた気がしている。いや、趣味というよりもっと濃い、もう一度「人生」を再開させてもらったような感激さえある。意外と僕にとっては事件だったのである、「平成」という時代は。

Nikon F

その事件の主犯格は間違いなくフィルムカメラたちだろう。ある日、何気なく手にとったNikon FEで何気なくフィルム撮影を体験した、あの日から始まる僕の新しい人生みたいなもの。現像があがってきてプリントを見た時の衝撃は忘れられないな。じぶんのことを超面倒くさがりと思っていて、フィルムなんてあり得ないと思ってたじぶんが、急な下り坂を転げ落ちるように(笑)フィルムの世界に魅了されていく様子は、なんだかじぶんを客観視しておもしろく眺めてたようなところがあるからね。

Leica M3

一時期は週に七、八本のフィルムを現像してたから、おかげで人より短期間にフィルムカメラの使い方みたいなもの、フィルムラボの利用の仕方(自家現像の仕方じゃないところが面倒くさがりの僕らしい笑)、これは歓迎すべきことかどうかは置いといて数台のフィルムカメラが手元に揃っていった。と、同時に毎週毎週飛ぶように放出されていくフィルム代や現像代に悲鳴みたいなものも感じたりね笑。このコスト考えたら高価なデジカメが十分買えるじゃないかと変に撹乱してM型デジタルライカを手にしたりしたのも、ある意味フィルムカメラのおかげである。ほんと人生、何が起こるかわからないと思ったよ。平成、すごい笑。

Leica M-P typ240

さすがに、フィルムもデジタルも全力疾走してると僕は身動きできなくなるぞと、しばらくフィルムの頻度を減らしてデジタルへ移行してたけど、まあフィルムのおかけで加速した僕の平成デジタルみたいなもんだから、そりゃやっぱりフィルムが恋しいし、心はいつもフィルムへ帰る。Nikon Fで再びフィルムカメラの存在感の大きさを再認識し、久しぶりにブローニーでも撮りたいなと持ち出したローライフレックス・スタンダードで僕の中判熱は再燃し、平成の終わりにハッセルブラッドを手にする始末(いや、始末というと何か失態ように聞こえるか笑)。でもね、いい感じだよ、今の気分。

Rolleiflex Standard

で、令和である。こんな大好きなフィルムだけど、そんなフィルムで無理もしたくないから、ほどよいリズムで使っていきたいなと思っている。フィルムはまあどうしても価格は高騰していくだろうしね。でもコストを気にしてシャッター切るのが億劫になったらそれもなんだかなって感じだから、そこはほどよくデジカメを活用してく。ただね、根拠はまったく無いんだけど、令和という時代は、どこか人間らしさへ回帰していくんじゃないかと思えるし、そうするとフィルムという人間らしい道具であり表現にもう一度光があたるんじゃないかと思えるんだ。フィルムがもっと普通のものになる、どうだろう。それまでは、気負わず、ほどよいリズムを刻む程度にフィルムを楽しんでおく。僕が先にリタイアするか、フィルムが先にリタイアするか。爽やかに我慢比べだ。さあ、令和へ。

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