Leica M-P typ240

かまえないほうが、いい写真が撮れる不思議。

Leica M-P typ240, Elmar M 50/3.5

僕の一週間でいえば、平日5日感は街撮りスナップ、週末2日間は自然のある散歩道スナップだから、撮る頻度としては街撮りスナップが多い。そうやって過ごしてみてよかったなと思うのは、街撮りスナップのおかげであまりかまえずにシャッターが切れるようになったこと。

一眼レフからカメラをスタートしたひとなんかは分かると思うけど、あのどっしりとしたボディと密度の高いファインダーで撮り始めると、例えば水平なんかも正確にとろうとするし、構図なんかもやけにきっちり撮ろうとしてしまう。それはそれで整理整頓されたような写真で良いわけだけど、少しきちんとしすぎていて、どこか自由な空気感に欠ける。どうだろう。

その点、街中のスナップはとにかく速写で良くも悪くも余裕がない。街中でカメラをかまえること自体が少々目立ちすぎるし、街行くひともカメラを意識して、スナップとしてはとても居心地の悪いものになる。だから、僕の場合だと街撮りスナップはもうほとんどファインダーなんて見ていない。ピントもMFレンズなら目測だし、首からストラップを下げたそのウエストレベルの位置でシャッターを切ったりするから、水平もラフだし、構図もものすごく感覚的だ。

けれど、そのほうが何というか目の前のリアルな光景の動きだったり空気感みたいなものが収められる気がするんだ。その地が呼吸している感じを切りとれると言えばいいだろうか。ある意味、無秩序で自由な空間をそのままトレースするような感覚が僕にはあるんだよな。他のひとが同じように感じるかは分からないけど、僕の場合はそうだ。そうやって街撮りスナップをするようになって、週末の自然のある散歩道をスナップする時も、いたずらにカメラをかまえることはなくなった。それこそ、ノーファインダー気味だったり、背面モニターも使わなかったり、とにかくラフにシャッターを切るだけ。目線は光景ばかり見てる。それが今の僕のカメラと写真への向き合い方だ。

この話に特に正解やゴールはない。この世に一枚として同じものがないのが写真の世界。誰がどんな撮り方をしてもいいし、むしろ他人と撮り方が違うのは表現ツールとしては当たり前のこと。それこそ、一生試し撮りなわけだから、昨日とは少し異なる撮り方の実験を今日も明日も繰り返す。それでいいと思うんだ。写真を撮ることが心地よければね。

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