“待つ”って実は楽しいのかも。

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“待つ”という行為はあまりポジティブには聞こえなくて、どこかフラストレーションのたまることだという認識があったけど、近ごろ少し違うように思う。

たとえばフィルムカメラで撮るとすぐには写真は見れず、現像があがるまで待つことになる。でも、この待ってる時間というのがなんともいえず、いい。あと、僕に関していえば、いまとあるカメラが修理から戻ってくることを待っている。これも、最初に修理期間が少し長引きそうと聞いた時は一瞬残念に思ったけど、こうして今も待ってるのがどこかワクワクして心地よい。

そういえば、ロードバイクが納車されるまでの間、二週間ほど待ってた時も異常にワクワクしたし、”待つ”という行為はそれだけワクワクが長く続くという意味ではかなりポジティブなことかもしれないと思ったり。まあ、待つのが心地いいのか、何かを手にするより手にするまでの期間が心地いいのかそれはわからないけど、何か”待たなければならない”事象があったとしても、それは今ならそれほど苦痛じゃなくて、むしろ楽しめる余裕があるじぶんに気づいている僕がいる。待ってるうちが華だよ、ということかな。些細なことかもしれないけど、フィルムとの出会いがそんなことも感じさせてくれている。

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