バルナックの対比としてのライカM3。

Leica M3, Planar T*2/50

バルナックライカIIIaの試し撮りもフィルム4〜5本になった。そうして連日バルナックばかり使っていると、ある衝動が沸き起こることもちょっと分かってきた。それは、M3も使いたくなるということだ。もちろん、バルナックがなくてもM3で写真を撮っていたわけなんだけど、その時のM3をチョイスする気持ちとは少し異なる。単にM3が使いたいというよりは「バルナックの対比としてのM3」を確かめたくなるんだ。

バルナックを使い始めると、いくつかM3との違いに気づく。まず、フィルムカットの有無、スプールのフィルム差し込みの深さ、シャッタースピードダイヤルの感触、シャッター巻き上げからシャッターを切るまでの所作、シャッター音の違い、そのショックの違い、そして二つの窓と一つの窓の違い、フィルムを巻き上げる時にかかるストレスの違いetc. 実にいろんなところが似ているようで異なる。バルナックを使っていると、そうした違いが脳裏や手に蘇り、思わずM3に持ち替えたくなるんだ。

それは進化の差なのか、それとも製品コンセプトの差なのか、製造技術の差なのか、時代のトレンドの差なのか、そういうことをバルナックとM3の対比として確かめたくなるんだよね。あと、単純にバルナックを使い続けてると、その後継であるM3がとんでもなく進化して登場したであろうことが如実に分かる。バルナックが良くも悪くも懐古的機械の挙動を見せるとするならば、M3はいくつか時代を飛び越えたんじゃないかというくらい、精密で、静かで、滑らかで、まるで現代のカメラのようにまったく破綻のない挙動を示す。こんな完璧な機械が1954年には誕生していたと思うと、ドイツの、ライカの機械工学の高度さを嫌というほど感じずにはいられないのである。

バルナック時代には日本のカメラメーカーからもコピー的製品がいくつも生まれていたが、このM3が登場した瞬間に白旗をあげ、違う土俵である一眼レフで勝負に出たというのも頷ける話だなと思える。その当のライカでさえ、M3を超えるクオリティの製品をその後は出せていないとも言われるくらいだから、それはもうカメラ好きじゃなくても手に持った瞬間に分かる超オーバークオリティの凄みなんだろうね。以前にも書いたけど、僕はお店でたまたまM3をさわってしまい、ファインダーをのぞきダブルストロークを巻き上げた後、シャッターをそっと切った瞬間、それまで味わったことのない本能的な衝撃を受け、思わず連れて帰ってしまった人間だ。

小型で洒落たフォルムを持つバルナックの佇まいと比べると、少し大きくなり無機質なデザインとなったM3は、質実剛健で一見面白みに欠けるように見えるかもしれないけど、これはこれで僕にはとてもクールだ。バルナックに入っているフィルムを現像に出したら、今度はM3にフィルムを入れて、仕事用の鞄に入れて連れ出したいなと思っている。今度はたぶん、M3で撮りながらバルナックのことが頭によぎるんだろうけどね。この二台はどちらかではなく、セットなのかもしれない。

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