HASSELBLAD

夏の朝、ブローニーフィルムを詰めてハッセルブラッドと。

Hasselblad 500C/M, 撮影:Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

夏の朝、ブローニーフィルムを詰めてハッセルブラッドと。

夏休みも3日目、きょうは太陽が激しく照りつける前に中判カメラ、ハッセルブラッド500C/MとM型デジタル ライカM-P typ240を持って、愛犬と散歩へ出かけた。

中判カメラはけっこう好きなんだけど、現像とデータ化に二週間ほど要するんで、撮る頻度としては35mmカラーネガより少なくなる。けれど、たまにこうして持ち出したくなるのが中判カメラで、一台は所有しておきたいということになる。

僕の初めての中判カメラはローライフレックス・スタンダードで、令和の時代を迎えるにあたり今のハッセルブラッド500C/Mを迎え入れ、入れ替わりにローライフレックス・スタンダードのほうは僕の元を卒業していった。とてもいいカメラだったけど、中判カメラの使用頻度がこんな感じなんで、何台も中判カメラを所有していても使いきれないと思い、最終的に手元にはハッセルブラッドを残した。

ハッセルブラッド500C/Mは、ハッセルの中でも最もポピュラーな機種と言えるのかな。市場にたくさん出回ってる分だけ、程度のいい個体を見つけやすいハッセルと言えるかもしれない。僕が手にした500C/Mもとても丁寧に使われてきたのが分かる綺麗な個体で、購入後に一度モルトの張り替えとフィルムチャージレバーの調整で修理に出したけど、戻ってきてからはとても調子よく使えている。

ハッセルブラッドの良さでよく言われるのは、カールツァイスのレンズ プラナーの優秀さと、ちょっと驚嘆する立体的なファインダー像、そして特徴的なシャッター音。一度に12枚しか撮れないけど、その濃密な撮影体験から、ブローニーフィルム1本で十分お腹いっぱい満たされる満足感と高揚感が味わえる。この記事には作例は無いけど、ブログ内検索してもらえれば何枚か作例的写真が見てもらえると思う。

ただ、そうした写りの良さよりも、僕は中判カメラと過ごす濃密な時間が気に入ってるかな。35mmフィルムで撮るカジュアルさとはちょっと違った、なんというかより人間的な道具を手にしてアナログな写真を撮っているという濃密さ。こうして休日のゆとりのある朝に持ち出すにはもってこいの、じっくり撮る楽しみが中判カメラにはある。ほんと、毎日休日なら、カメラは中判だけでいいかもしれない。そう思わせる時間的余裕みたいなものが、カメラ愛好家たちを魅了して離さない。

実用性だけでいえばとっくにこの世から無くなっていてもおかしくないブローニーフィルムだけど、今でもなんとかこうして手に入り続けるのは、この撮影体験がとんでもなく特別であることの証かもしれない。僕はそうやって休日に、たまに非日常的時間を過ごしたくて中判カメラを持ち出すけど、例えばハッセルブラッドだけで家族の写真から街撮りスナップまでこなしてる人も中にはいるわけで、それはそれでカッコいいし、かなりうらやましいライフスタイルに見える。どこか常に余裕のある人に見える、という感じかな。

Leica M-P typ240 & Hasselblad 500C/M

きょうはハッセルブラッドのおさえに、ライカM-P typ240を連れ出した。ハッセルだけだと12回しかシャッターが切れないんで、シャッター好きの僕としては満たされないところがあって、一応予備のブローニーフィルムも持ってたんだけど、12枚撮り終えた後は、デジタルのシャッターを多めに切って、シャッター切りたい病をカバーしたわけだ。このフィルムとデジタルのバランスも僕にはちょうどいいらしい。

さて、この撮り終えたフィルムを現像に出してあがってくるのは、八月も終わりを迎え、秋の入り口の頃。いつも何を撮ったか忘れちゃうような現像サイクルなんだけど、まあその緩やかな時間の流れ方もまた中判カメラのいいところ。流されそうな激流のようなデジタル時代にあって、このスローモーションのような時間の流れ方は貴重だし、人生のチューニングには欠かせないものかもしれない。残りの夏休みの間にもう一度くらい連れ出そうかな。僕が僕らしくいるためにね。

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