Nikon Z6

カメラがあると、なんかちょっと豊かになる。

Nikon Z6, Nikkor Z 24-70/4S

オリンピック「東京2020」が一年ほど延期になると、そこに照準をあてていたプロ用カメラの開発の世界もちょっと進化するのかなとか考えていたんだけど、いや待てよ、年々カメラの需要が落ちていってるから、むしろカメラ産業全体は少し減速するかもと思ったり。どうなんだろうね、一年後のカメラの世界は。

まあ、たしかに今やスマホカメラの性能は凄くて、超広角やポケのある写真も撮れて、しかもアプリも充実してるからフィルム写真風の画像にも加工(現像と言ったほうがいいのかな)できる。物理的にいえば、プロカメラマンでもない以上、本格的カメラは無くてもほぼ困らず生きてゆける。事実、僕も数年前まではスマホカメラとたまに写ルンですくらいで普通に生活してたから。

でも、だからといって本当に本格的カメラがこの世から姿を消したら、それは果たして正常な進化なのかな。この「本格的カメラ」という概念もなかなか解釈が難しいんだけど、まあ言うなれば銀塩カメラの延長線上にある絞りやシャッタースピード、ISO感度といった露出をコントロールしながら撮るカメラといえばいいだろうか。オートなカメラも多いけど、まあ構造的には現代のミラーレスやコンデジ、一眼レフなんかのカメラ形態だね。

でも、もし「カメラの未来が、スマホカメラの延長線上になって進化」していくと仮定したら、まさしくシャッターを押すだけで露出なんて意識もしない、今の本格的カメラとはまったく形状の異なる形態として「カメラ」は残っていくかもしれないし、そうなればもはや動画がメインで「ちなみにスチールも撮れる」みたいなプロダクトになっていくのかもしれない。SIGMA fpなんかは、なにやらそういう未来を匂わせる何かがあるよね。

なんか考えれば考えるほど、そんな未来になっていくような気がするけど、でもなあ、銀塩カメラから続く今日のカメラって、なんというか、やっぱり味があって良いんだよね。ファインダーをのぞくあのドキッとする感じ、特に光学ファインダーの世界はほんと美しくて、眩しくて、レンジファインダーなんかはやはりたまらない。で、軍艦部にある感度やシャッタースピードダイヤルをクリックリッと動かすあの感触、絞りやピントを合わせるあの所作、そのどれもが「カメラが撮ってるというより、僕とカメラの共同作業で撮っている」という感覚を楽しませてくれる。

いやあ、そんなのはどうでもいいんだよ、いいアウトプット(写真という成果物)が出来れば!なんて言われるかもしれないけど、趣味というのは「時間を楽しむもの」だから、結果だけじゃなくて途中のプロセスがとても大事だと思うんだ。世の中がどんどん自動になっていくからこそ、お金をかけてあえて手間暇を入手する、そんな感覚とでも言えばいいだろうか。僕なんかは、どうかしたら写真以上に機材であるカメラやレンズが好きだから、なおさらそう思うところがある。

男子たるものハイテクっていう言葉も好きだからね、もちろんカメラの超進化も楽しみではあるけど、車が自動運転になったらドライビングというエモーショナルな体験ができなくなるんじゃないかという、あの漠然とした不安と同じように、カメラもどこか「操るたのしさ」は残って欲しいと思うんだよね。カメラをやらない人からすると、馬鹿げた話かなあ。でも、そういう意味では、カメラをやっていない人にこそ、今の時代の「カメラを操るたのしさ」をぜひ体験しておいてほしい。そこには、ある種、猛烈なデジタル時代にひと息つける癒しや楽しみがあるから。

そんなことを妄想しながら、僕は今日もカメラを操ることをたのしみ、そんなたのしさが一人でも多くの人に届けばいいなと思いながら、こうしてブログを書いている。届くといいな、あんな人やそんな人に。

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