フィルムを食べ残さないことについて。

Nikon F6, 50/1.4D。撮影はiPhone

「フィルム」「食べ残さない」…何のこっちゃ?という感じなんだけど、今朝ふと思ったのでブログに記憶を。僕は以前ブログでこんなことを書いた。

「フィルムを無理に使い切らないで、カメラの中に残しておこうと思う」

で、しばらくそんなカメラ生活を続けていたんだけど、昨日かな、チョートクカメラ日記を読んでたら、田中長徳さんが「フィルムは毎回使い切ったほうがいい」と書かれていたのを目にする。チョートクさん的には当たり前に、フィルムを入れっぱなしにして何台かのカメラをローテーションしていたら、もうどれが何を撮ったものか分からなくなるし、それだと現像した際に夏の写真とクリスマスの写真がいっしょになっちゃったりして風情もない…的なことを書かれてたのかな。で、だよなあとこれまた当たり前に反応して、今朝愛犬との散歩カメラに連れ出したF6のフィルムを、散歩が終わる頃にちょうど24枚使い切るように撮っていたところである。

この24枚撮りきるまでをどこか想像しながら撮り歩く感じ、何かに似てるなあと思ったんだけど、それが「白ごはんとおかずをちょうど食べきる、あの調節具合」に似てるなあと思ったわけ。変かな?笑、僕だけかな、こんなこと考えるの?笑笑。でもまあ、なんかゲーム感覚みたいで、「ちょうど使い切る」というのは、なかなかおもしろい要素だと思った。無理やり使い切るというのはアレだけど、そこまでは無理しないんだけど、使い切ることを念頭に撮り歩くと、一枚一枚の被写体選びみたいなものも少し変わってくる。ごはんもフィルムもきれいに食べ残さないほうが気持ちいい、そんなお話です。

フィルムはコストがかかるから、そのあたりの「一枚一枚を無駄にせず撮る」という感覚はやっぱり大事だし、それはちょっとお米を一粒一粒大事にする感覚と似ている。僕が今朝使ったフィルムはFuji業務用100の24枚撮りで一本¥200、現像代とデータ化代を足すと、一本¥1,300くらいだから、フィルム一枚あたりの撮影コストは¥54円くらい。意外と安いとも言えるけど、チリも積もれば何とやらで、できれば大切に使いたい。そんな感覚が僕の中で「ごはん同様、フィルムも食べ残さないことが大切」みたいに思った、そんな日曜日の朝です。

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