HASSELBLAD

ハッセルブラッド500CMが修理から帰ってきた。独特の音色の空シャッターナイトだ。

Hasselblad 500C/M, Planar 80/2.8

仕事を終えて家に帰ると、修理を終えたハッセルブラッド500CMが先に帰宅して僕を待ってくれていた。週の真ん中の水曜日で少々くたびれた僕にとって、これほど疲れが吹き飛ぶうれしい出来事はそう無い。

修理伝票を見ると受付日が5/21とあるから、約3週間で修理を終えて帰ってきたことになる。修理といっても大きく故障していたというわけではなくて、遮光板の部分のモルトが劣化して光線漏れしていたので、そのモルトの張り替えと、少し硬くなっていると指摘されたフィルム送りハンドルを適度な軽さまで調整してもらい、修理というよりもいい具合にリフレッシュしてもらったといったところだ。

梱包をあけて衝撃吸収材で何重にもガードされたハッセルを取り出し、3週間ぶりに眺めるハッセルはやはり美しい。このカメラが放つ存在感は別格で、早速手にとり、お約束の空シャッターを切ってみる。「シュポッ!」、その独特の音色が部屋の中に響き渡る。そうそう、これだ、この音だ、これぞハッセルブラッドの織りなす独特の世界だ。

調整してもらったフィルム送りハンドルはたしかに軽やかになり、空シャッターのリズムも実に軽快だ。あっという間に12枚分の空シャッターを切り終え、フィルムマガジンを開けてフィルムカウンターを1枚目まで戻し、2週目の空シャッターを楽しむ。

僕は過去にもこの修理店でカメラを修理しているが、プロの修理職人の手を経て整備し直されたカメラやレンズは、明らかに滑らかな動きで、まるで生き返ったようにしっかりとした手ごたえを伝えてくる。約3週間も手元を離れていただけに、その感触との再会は実に感慨深い。

修理が完璧だったかは試し撮りをしてみないとなんとも言えないけど、こうして手に持って触れた感じだけでも、肌感覚的にグッドコンディションであることがうかがえる。そしていつも思う。カメラはこうしてたまに修理してやることで、くたびれ感もその都度リフレッシュされ、新しいカメラを手に入れた時と同様、「さあ撮るぞ」という気持ちを大きく後押ししてくれる。

カメラが調子が悪くなっていざ修理だという時は多少落ち込むんだけど、こうしてリフレッシュしたカメラを目の前にすると、その独特のオーラにあらためてハッとし、むしろ定期的に修理に出すことでカメラを生き返らせることにつながるし、カメラを末長く使い続けたいなら、むしろ適度なタイミングで定期的に修理に出すことは、蘇らせる手段としてはとても有効だと再認識する。

ハッセルブラッド500CMは独特の所作を求められるが、こうして触っていると、あと100年は軽く使い続けられるよう気がして、さすがハッセル、その信頼感みたいなものは尋常ではないなと思う。本当は明日でも早速試し撮りへ出かけたいところだけど、多忙な時期でそれも現実的ではないので、あと3日はおとなしく仕事に集中し、週末のハッセルタイムを心待ちにしておこうと思う。それにしてもハッセルブラッドが奏でるシャッター音は最高だ。唯一無二の最高。

修理から戻ってきたハッセルブラッド500CMと、再び試し撮りへ。(作例はまだない:) 昨日は雨が多い土曜日だったけど、日曜日は抜けるような青い空。写真の神様ありがとうだ。というわけで、愛犬の散歩を終えたその足で、修...
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