そこはやっぱり、安いカメラやレンズで高いカメラの写真たちを凌駕したほうがカッコいいじゃん。

Konica FS, Hexanon 52/1.8

そこはまあ誤解のないように言っておくと、それなりに高い価格のカメラやレンズは当然それなりに良いモノであるという前提なんだけどね。でも、なんというか、弱いと思われてるモノが強いと思われてるモノを打ち負かす感じって理屈抜きに気持ちいいじゃん!と。カメラやレンズもできればそうありたいとか思うんだよね、男子たるもの笑。

例えばこのKonica FS。先日、銀座レモン社で購入したものだけど、レンズもついて1万円を少し超えるくらいの値段しかしない。ライカならどんなに安くてもバルナックのボディで3万円、エルマーのレンズが4万円ほどするかな、Konica FSが五、六個買えてしまう。じゃあ、Konica FSの写りがバルナックライカの1/5くらいの質しか得られないかといえばそんなことはないわけで、写真の出来上がりの差に比べて機材の差はそれほどないことが分かる。じゃあ、やってやろうじゃないか、打倒ライカ!とか僕は思ったりするのである。いや、僕はライカユーザーでもあるから、この場合の打倒ライカ!は、じぶんの所有するカメラ間の競争だったりするんだけどね。

レンズだって、僕は安いレンズも好んで探して使う。ロシアンレンズのJupiter-8やIndustar-61、あとCarl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8とかね。このあたりはどれも1万円以内か少し超えるくらいの値段で手に入る。世の中には名玉と呼ばれる高価なオールドレンズや最新の現行レンズがあるわけだけど、財布の懐事情以上に、こういう言わば劣勢なレンズで最新のレンズの写りを凌駕したら、こんな気持ちのいいことはないんじゃないだろうか。僕はそれらのオールドレンズの味もさることながら、こういう反逆精神みたいなものを常に心のどこかに思い描いて機材を選んでいるところがあると思う。

だからといって、それを誰かに声高にアピールするわけでもないんだけど、まあじぶんとの闘いみたいなね笑。世間の評判に流されないように、じぶんがいいとかカッコいいと思うモノサシを持って生きていたいと思うんだな。僕らの世代の人たちは少なからずそういう価値観があるように思うけど、どうだろう。考えてみると、フィルムカメラで撮るということ全般についても言えるかな。世の中の最新テクノロジーで作られたカメラやレンズより、ある意味時代遅れとも言えるフィルムやフィルムカメラで撮る快楽。そこには、単に古き良き時代を礼賛するだけじゃなくて、誰が見でも一見劣るであろう性能の道具で強者を打ち負かすヴィンテージフリークたちの軽やかな反抗心みたいなものもきっとあると思うな。

まあ本題である写真の良し悪しを置いといて機材の話だけに終始しちゃったけど、道具選びというのはそういう心の高ぶりにも大きく影響を与えることができるモノということで、少しふれてみた。とはいえ、単に反骨精神だけじゃなくて、僕が最近手に入れたカメラたちは軒並み素晴らしい写りを披露してくれている。Kodak Retina、Voigtlander Bessa-L、Olympus OM-1に、PEN ER-2。いやあ、面白いくらい大物食いができるようないい写りを僕らに提供してくれる。これもまた、過去の偉大な開発者たちの反骨精神というか意地が混じり合ったおかげなんじゃないかと思ってる。さあ、カメラを持って世の中をひっくり返しに行こう。高額なカメラたちを心の中で驚嘆させるために。

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