NikonとNIKKOR

原点のFと、革新のF2。機械式Nikonブラザーズとの週末。

Nikon F2 フォトミック, Nikon F アイレベル

原点のFと、革新のF2。機械式Nikonブラザーズとの週末。

ついに揃い踏みになったNikonのフィルム一眼レフ・機械式ブラックシップ機の二台。僕にとってはこれ以上ない壮観な眺めと言っていいだろう。

比較するものがあるとすれば、僕がもう一方でこよなく愛するバルナックライカIIIaとライカM3が並ぶ眺めだけど、このNikonのFとF2には「メイド・イン・ジャパン」という郷愁がある分、心に突き刺さるものはやはり大きい。

令和元年の今年はNikon F 誕生60周年のメモリアルイヤー。だから手に入れたわけではないけど、そうした年に惚れ惚れする美しいFと出会い、その後一度手放したはずのF2がフォトミックになって僕の手元に帰ってきたことには、なにかしらの運命みたいなものを感じる。

手にしたばかりのF2フォトミックにプロストをつけて命を吹き込んだ後、満を持して同じブラックペイントのNikon Fと共に、土曜日の夕方の愛犬散歩がてら試し撮りへと連れ出した。この写真はその時の一枚。

いやあ、もうメロメロだったよ、僕は。真っ黒いボディなんだけど、とにかくこの二台の姿が光り輝くようにまぶしかった。子供心のようにワクワク、ドキドキした。夢が叶ったかのような魅惑の時間だ。

日本のカメラ産業が意地とプライドをかけて開発した、世界を代表する機械式カメラの最高峰と言っていい二台が、いま僕の目の前にあるんだからね。当時だったら高価すぎて絶対手が出せないであろうこの二台を、いまこうして手にできる現代とはいかに幸福かということ。

原点のFは各部にゆるさもみられてある意味、初号機らしい隙もみられて人間くさいのに対して、革新のF2はそんなゆるさをぜんぶ引き締め直しかのようなソリッドな作り込み。どちらにも甲乙つけがたい味が充満している。

試し撮りしてみたF2フォトミックに関していえば、やはり露出計の存在が大きいよね。以前使っていたF2は露出計のないアイレベルだったから、そこは操作感として最も異なる。

正直、露出計が無くても平気なんだけど、あればやっぱり頼もしい。値も正常に動いてるようで、半世紀近く壊れることなく作動している製品を目の当たりにして、あらためてNikonのとんでもないクラフトマンシップの凄さを再認識する。

Fと比べて本当にゆるさが消えた堅牢性の証のようなフィルム送りレバーを引き、シャッターを切る。パチン!と甲高い独特のシャッター音が頭蓋骨に響く。屋外で聴くシャッター音は辺りの空気が残響音を吸収してくれるおかげで、マットで最高の音を聴かせてくれる。最高という他ないだろう。

このあたりのFとF2の対比みたいなことは、これからもう少し使い込んで、おいおいまたブログに綴っていきたいと思う。きょうはとにかく、このFとF2が共演できたことにひたすら乾杯、そんな気分だ。

そういえば、きょうは役者でフィルムカメラ好きとして知られる石井正則さんのVoicyを聴いていた。石井さんが「なぜフィルムで写真を撮るのか」ということを語られたもの。いやあ、火傷しそうなくらいヒリヒリと熱いものだった。ご本人の音声なので、ぜひ聴いてほしい。

フィルムカメラはブームなんかじゃない。これは人間の本能と、自然界の記憶として無くてはならないものなんだ。そんなことを考えた一日だった。撮ろう、もっとフィルムで、フィルムカメラたちで。

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