未来は便利になることだっけ。

Leica M-P, Summilux 50/1.4 2nd

ふとね、日曜日世の中の夜とはそういうことを考える。世は2018年。ついこの前まで20世紀だったのにほんと驚くばかりだけど、世界は21世紀になって、ITとインターネットの革命があらゆることを新機軸に塗り替えていってる。日々まるでオセロを一気にひっくり返すように変えていっている。電話に電話線はないし、調べたいものは重たい辞書を開く必要もなく検索一発。カメラはデジタルになって、今年国内のモノクロフィルムは姿を消す。とんでもなく便利にはなったんだろうな。僕らが思う以上に。でも、どうなんだろう。僕らが昭和の頃にワクワクして妄想していた未来とは便利になることだったっけ。便利という名の少し薄っぺらい時代になんかモヤモヤする日常。血の通っていない、なにかを忘れてしまったような感情。僕が昔のカメラやレンズに魅せられるのは、そういう忘れものを取り返しにいってる気がする。まあ、とはいえ時代は前に進むだけ。嘆いてもしょうがない。そこは古いことがいいことでもないから、バランスをとるだけ。変えていいものと、変えてはいけないもののバランス。歳をとってる分だけ何か得したことがあるとするなら、昭和という時代を生きたこと、知っていることかな。さて、そろそろ眠りにつくとする。じぶんらしい未来を妄想しながら。

「未来は便利になることだっけ。」への2件のフィードバック

  1. おはようございます。
    同意です(笑)子供時代に描いた未来予想図はあくまでも空想の世界。そのうちに成長し、大人になり、それと同時に世の中の情勢はそれ以上の速度で進み、一個人でコントロールすることは全く不可能な時代になりました。多分、今の子供達は今後もその流れの中である程度上手くやっていけるでしょう。ただ、私含む昭和の良き時代を知る人間にとっては常に過去との比較の呪縛とそこで感じ取る永遠の矛盾との共生方法に思い悩むんだと思います。

    1. 昭和という時代は決して贔屓目に見たわけじゃなく、カッコよかったですよね。血が通った何かがありました。僕が歳をとったせいか、それとも。いろいろ思う今日この頃です。

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