FUJIFILM X-T50, Nokton 23mm f1.2 SC

僕らがいま普段使いしているカメラの原型は、もとを辿るとバルナックライカの発明にたどり着く。それまでの「担ぐような大きなカメラ」から「ポケットに入る小型カメラ」への進化は、まさに発明と言っていいほど人々の行動を変える出来事だったであろう。

バルナックライカのコンパクトさは、いま触れても強烈だ。重さこそ金属的にけっこうあるが、カメラボディのサイズは現代のコンパクト機と比べても間違いなく小さい部類。しかも沈胴式のレンズを格納すると、本当にポケットにサクッと入ってしまう。

僕もLeica IIIaが好きで二台所有しているが、ストリートに持ち出した頻度でいうとLeica M3より圧倒的に多いと思う。やはり、小さなカメラというのは、どんなスペックよりも最高性能だなとほんと思う。

バルナック型 Leica IIIa

ちょっと昔話が過ぎたけど、現代的カメラと過ごしていても「小さくあること」の優位性は日々感じる。特に世の中のカメラがミラーレス化へと大きく舵を切った時、僕はカメラの未来が「圧倒的に小さくなる」ことをイメージしたが、実際はフルサイズ機システムなどをはじめ、どんどん大型化する一方だ。

かといって、僕みたいなシンプルな写真機を好む人間からすると、そんな一生使わないであろう機能をどっさり詰め込んで大型化するよりは、ミラーのない特性らしく思いっきり小型化してほしいなどと思ったり。

それは、やはり「小さなカメラであるほうが、持ち出しやすいから」だ。職業カメラマンではなくアマチュア写真愛好家の場合、カメラは持ち出さないと始まらないし、写真も増えない。シャッターを切る機械が増えないことには、写真を撮る技術や思考もなかなかあがってはいかない。

FUJIFILM X-E5, Nokton 50mm f1.2

昨今のコンパクト機が人気なのは、そういう思考やニーズの表れなんだろうなと思う。もちろん、ハイスペックなカメラじゃないと撮れない写真があるのも事実だけど、多くのアマチュア写真愛好家は「いつもハイスペック」であることよりも「いつだって身近にコンパクトに」ということなのだろう。

僕も基本的にはコンパクトなカメラに自然と手が伸びる。大きなカメラもたまに「あえて」使うけど、コンパクトなカメラのほうが間違いなくフットワークや撮影枚数も自然と上がっていると思う。大きなカメラなら見過ごしていたシチュエーションで、コンパクトなカメラだからシャッターを切った回数も実は相当あると思う。

カメラのサイズが行動に与える影響は、実はかなり大きい。それゆえに、少しでも小さく軽くあることに的を絞ったカメラもある。人間は贅沢なもので、そうした小さなカメラにもある一定のリッチな描写力も求めてしまうわけだけど、カメラ開発者の方々はそれを意気に感じてもらって、21世紀のバルナック型カメラをどんどん生み出してほしい。