日記のようなもの

風に吹かれて僕らは生きている。

きょうは外に出ると気持ちいいよ。僕はもう朝から二度ほど外のベンチに腰掛けてきた。ふだんの週末ならRunかWalk、またはロードバイクに乗って出かけるところだけど、今週はインフルエンザの病みあがりだから、少しスローな週末を迎えている。昨年末にいつも一緒だった愛犬が天国に行ってからは朝晩の散歩は一人ぼっちになったけど、15年くらい雨の日も風の日も朝晩散歩に出かけていた習慣は変わらない。15年間そうして過ごしてわかったことは、悪天候の日なんかもあるわけだけど、外に出て風にあたるというのはなんとも言えず気持ちいいということ。もうそれはにんげんの本能的な心地よさなんだろうね。

で、神様は公平というか、外に出ると飽きない世界をちゃんと提供してくれる。風はいつも違うふうに舞うし、道端の草花は昨日とは表情が違う。空気の匂いも日々変化して、何より空は一度として同じ表情を見せることなく僕らを飽きさせない。世の中はうまくできてるなって、ほんと。「風」というのは、いろんな言葉にも例えられる。「風当たりが強い」とか「逆風にさらされる」とか「追い風にのって」とか「こどもは風の子」とか。にんげん、外に出ればいろんな風にさらされるわけだけど、つらい風もあればやさしい風もあっていろいろだけど、にんげんはたぶん自然の一部で、風にあたることは本能に回帰することなんじゃないかな。外に出ると、僕の中の野生みたいなものがリマインドされるやうな気がする。

写真は空専用カメラ、iPhoneで撮りました。そういえば、iPhoneで素敵な空を撮る人がいる。風の音が聞こえるような写真。僕の写真観のテーマでもある。

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