NikonとNIKKOR

カメラだって喜んだり悲しんだりする。

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D750が修理でNikon社へ里帰り中なんで、P900を持ち出そうとした朝。家を出る前に電池を確認したら半分以上あったんで大丈夫と思い、家の近くの公園で電源を入れてみたらまさかの電池切れ表示。まあこれ、コンデジではよくある症状ではあるんだけど、あれって毎日使ってるとそうはならないんだよね。たまにしか電源を立ち上げないと出ちゃう症状。僕はこれ、カメラのイジケ現象だと思ってる。たまにしか使ってもらえないカメラのささやかな抵抗。

このまえ、Twitterである人が「ふだん撮りはD750は封印してD7000を使おう」みたいにツイートされていたので、理由をお聞きしたところ、「D750ばかり使ってると、他のカメラが悲しむと思うから」みたいなニュアンスのことを言われてた。なるほど。ちょっと分かる気がする。カメラって機械はどこか人間臭くて人格みたいなものを持ち合わせていると思うことがある。撮り手がそのカメラを相棒だと思うと、カメラを眺めていても本当に人間らしく、相棒らしい佇まいをみせる。「さあ、行くか」みたいに声を掛け合う感じ。そういう時はカメラは酷使にも付き合ってくれて、なんとか撮影の最後まで電池も持ってくれたりするんだよね、不思議と。

僕はいま「カメラやレンズは当分買い足さない」と思ってる。短い期間に買いすぎた反省もあるんだけど、それよりも「いま持ってるカメラやレンズをとことん使い倒して、とことん性能を引き出せるようになりたい」という気持ちが芽生えてきているんだよね。カメラやレンズの数が増えるとどうしてもひとつひとつの出番は少なくなる。そうすると、どれも使いこなせない状況が続くし、こうして出番のないカメラが少々いじけることになる。せっかく縁あって出会ったカメラとレンズだから、とことん共に生きていきたいなと。嬉しい時も、悲しい時も。にんげんの運命的な出会いと同じかもしれないね。さて、充電をしてP900と少し対話してみよう。

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POSTED COMMENT

  1. izuminia より:

    D750里帰りですね。
    kiokucameraさんのカメラ達は幸せです。
    大切にされているし、いろいろなところに連れて行ってもらえるし絶対に幸せ。
    私も買い足さないつもりなんです。
    できる限り今いるカメラ達とずっと付き合っていきたいと思っています^-^

    • kiokucamera より:

      こんばんは。このポストはizuminiaさんの言葉がきっかけにもなったものなんです。カメラは保有することよりも撮ってあげる、使ってあげることで生き続けるみたいなことを感じて、その気分をダーっと書きました。僕も本当はD750で四六時中撮れたらなというのが正直あったりしますが、いくつかのカメラを手にした責任というか情としても、あえて今持ってるカメラはぜんぶ使い倒していこう思います。そういう気分にさせていただいたことに感謝します、本当に。

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