日記のようなもの

アメカジに憧れた80年代が今も僕のルーツだ。

Specialized roubaix

まあ過去を振り返ることは基本、かなり美化されるからあまりひきづってはいけないのだけど、とはいえじぶんのルーツはどこにあるかというと、人間やっぱり多感な時期を過ごした青春時代というこになる。僕の場合は80年代。世の中的にはバブルの時代と言われて浮かれすぎた時代だとどこか反省の時期みたいに言われがちなんだけど、その時代を駆け抜けてきた張本人の僕らに言わせれば、やっぱり素敵な時代だった。

携帯電話もないし、煙草はどこでも吸えて辺りはスモークだらけで清潔ではないし、大人たちはどこか浮かれて見えたし、テレビ番組は歌謡曲一辺倒でそれほど楽しくはなかったし。その頃は1日も早く大人になってこの腐った世の中から脱出したいみたいなことを思ってたように思うけど笑、それでも自由とか希望みたいなものは異常にキラキラしていて、それは何かアメリカン・ドリームみたいなものと重なっていたのかもしれない。

今でこそ欧州車が好きだけど、当時はアメ車がかっこよく見えて、エアコンなんか入れずに窓を全開にして荒野をタイヤから土埃をあげて走るイメージなんかに心奪われてたっけ。コルベットがたまらなくかっこよかったし、欧州車でも塗装がソリッドでベコベコになりかけたポルシェ914とかVWカルマンギアなんかのユーズドカーに憧れたなあ。煙草はセーラムに白いKENT、赤マルボロ、ラッキーストライク、あのアメリカンタッチなデザインに惚れて吸い始めた気がする。ジーンズはリーバイス501と505、Tシャツはヘインズ、靴はコンバース・オールスターにアディダス・スタンスミス、毎日それでよかった。同じモノを何個も持ち、それがこだわりと思って毎日アメリカしていた。その頃のMA1やL2Bはいまでもクローゼットに無造作にかかっている。

それから何年、何十年と経ち、世の中はアメカジより洗練されたスマートな世界へと移行していったと思う。僕も知らず知らずのうちに大味なアメリカンテイストよりもヨーロピアンテイストだったり日本美みたいなものに価値観を転換していったような気がするけど、ふとじぶんの好みや原点みたいなことを考えると、この頃の80年代に浴びた時代のシャワーみたいなものが体の内側まで染み渡って根づいているようなことにも気づく。ソリッドなモノや色合いが好きだったり、英文字のタイポグラフィが好きだったり、けっきょく当時のロックを気がつけば聴いていたり、新品のクリーンさよりくたびれたユーズド品の風合いに惹かれたり。心はどこか毒みたいな危うさとか儚さみたいなものを求めたりしている。良いか悪いかは別として僕らにはそういう血が流れている、そんな気がしている。

なんか”歳をとりました”みたいなポストになったけど、僕らの世代はなぜかじぶんたちをかなり若く見積もっているところがあって、僕も好きな言葉は村上春樹氏のロードレーサーに書かれている”18 ‘til I die.”-死ぬまで18歳-(ブライアン・アダムスの楽曲)で、頭の中も肉体もなぜか朽ちないと勝手に若者気取りをしているわけだけどね笑。こんなブログを書いたのは初めてかもしれないな。でも、まあ、このブログは僕は素直に書くことがテーマだし、実際そういう気分でいられる、僕が書く僕の場所。死ぬまで18歳でいるための悪あがきの場でもある。

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