NikonとNIKKOR

ひとはなぜ同じカメラを買い戻すのか。

Nikon FE, Ai-S 50/1.4

ひとはなぜ同じカメラを買い戻すのか。

夕方の散歩カメラにはNikon FEを持ち出し、写真はNikon Z6で撮ってみた。このシルバーのFEは実は2台目であり、1台目は僕が初めて買ったフィルムカメラで、以前フィルムカメラを始めたいと言っていたひとにプレゼントして、今はもう手元に無い。つまり、一度手放したカメラと同じモノを僕は買い戻したわけである。

タイトルに書いた通りなんだけど「どうしてひとは同じカメラを買い戻したくなるのか」ということである。実は僕は心のどこかで他にも買い戻したいカメラが、一、二台あったりする。今の手持ちの機材ラインナップからいえば、実用的に言えばまず必要のないカメラである。でも、カメラ屋に行くたびにどこかそれらのカメラを探しているじぶんがいる。不思議だよね、実に。

これは僕だけじゃないんじゃないかなって。Twitterのカメラ好きなひとたちを見ていても、たまにそうやって過去に所有していたひとを見かける。もちろん、いろんなカメラを使ってみたけど「あのカメラの写りや使い心地が忘れられなくて」と買い戻している風ではあるんだけど、本当に理由はそれだけかなって。

カメラっていうのは、写真を撮る道具ではあるんだけど、そのエモーショナルな瞬間を共に過ごした相棒みたいなところもあって、そのカメラの存在した時間の記憶具合が単なる道具を超越しているところがある。昔、聴いていた音楽に再会した時に、その当時の記憶が強烈に蘇るのと同じようなアノ感覚。そして、ひとは常に「あの頃に帰りたい」という感傷に浸る生き物でもある。それが、あの頃のカメラを買い戻したくなる衝動なんじゃないかなって。

あの頃というとちょっと時空を超えすぎているかもしれないけど、ほんの一、二年前でも、ひとは思い出なるものにどこか惹かれる。それは現状から逃避するというわけじゃなくて、時間の経過を愛しむ行為だと思う。今いる位置を確かめるための行為と言ってもいいかな。だから決してネガティブなことではなくて、じぶんを生かすためのチューニングみたいなもの。カメラはその色が濃いアイテムなんだろうね。

実際、Nikon FEを再び手にして感じるコトはアタマとカラダに心地いい。どこかおっとりとしたフィルムの巻き上げの感触と、どこか初心を思い出すカジュアルなシャッター音。ここから僕のフィルムカメラは始まったんだなと、シャッターを切るたびに僕はニュートラルな状態へとチューニングされていく。それがとても気持ちいいのである。

昔持っていたFEは、レンズはパンケーキのAi-S 50/1.8だったから、正確にいうと今装着しているAi-S 50/1.4とは写りが異なるのだけど、撮影しているフィーリングは同じもの。だから、こうしてたまに持ち出したくなるし、持ち出すと僕は常にカメラとの人生みたいなものを思い出し、考える。他のひとたちが同じ感覚かとうかは分からないけど、少なくとも僕という一人の人間はそう考えるということで、このブログを書いてみた。さて、あなたのあの頃のカメラはどうだろう。

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