RICOH GRだけで過ごした去年一年間が、いまの僕を形成してるんだろうなと。

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正確に言うと去年2016年の6月から今年の3月までだから、9ヶ月間か。僕はそれまで持っていたNikon D750ほか数台のカメラといくつかのレンズを手放し、手元にはRICOH GRだけを残してカメラ生活を再始動した。理由は過去ブログに任せてここでは割愛するとして、その9ヶ月間のことなんだけどね。

それまでサブカメラだったGRが、いきなりメインカメラになった。それはスマホカメラの延長線上のようなコンデジの存在を、一眼レフの代わりにすらなるという存在へと変えた。絞り開放f2.8、APS-Cセンサーであることをフルに活かし、豊かなボケを楽しんだ。そして、逆に絞ってf8で換算28mm広角のスナップの新境地みたいなものを堪能した。あとはモノクロかな。写真の気持ち良さはノスタルジックさにあるんじゃないかと思った。そうだ、縦構図を苦手としなくなったのもGRのおかげ。つまり、一眼レフを手放したんだけど、実際はGRを通して一眼レフの魅力を追いかけていたじぶんがいるし、GRに集中したことで僕なりの写真の型みたいなものを体に染み込ませることができたように思う。幸い、カメラはGR一台だからレンズを買い足すこともなかったし、フィルム代もかからない。適度に貯金ができていたんだよね笑。

そうしてGRで少しずつ蓄積されていった写真観というかカメラ観がある沸点に達したんだろうね。9ヶ月間を経てフィルム一眼レフに出会った時は、そのすべてが腑に落ちた。GRで貯めてきた感情が、ぜんぶそこにのり写ったみたいなね。Nikon FE、F2、D300、Df、そしてF6。GRは一見別物のカメラに見えるけど、僕の中ではGRとの9ヶ月間が無かったら、いまのフィルム一眼レフにこれほどのめり込んでいくことはなかったと思う。昨夜はF6への布石としてF2やLeica M3の存在をあげたけど、一晩よく考えてみると、その手前にこのGRの強烈な一年間があったなと。RICOH GR、このカメラはサブカメラにしておくにはもったいない、メインカメラになり得る一台。少しカメラを増やしすぎて写真生活が散漫になっている人は、ぜひこのGRだけの断捨離生活をおすすめする笑。その後のカメラ爆発期のことは責任とれないけどね笑。

そういえば、この写真はこの記事にまったく関係ないな笑。これはNikon Df×AF-S NIKKOR 50/1.8Gで撮ったもの。絞り開放、気分開放で撮ったことを考えると、これもGRのボケを楽しんでたどり着いた結果だし、関係無くはないな。むしろ、今の僕はぜんぶGRがつくった、くらいのところがあるかもしれない。

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