IIIa初の現像出し前夜。期待と不安と。これまてでいちばんドキドキしてるかも。

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Leica IIIa, Elmar50/3.5, FISON

先週手に入れて、この土日で試し撮りを終えたLeica IIIa。ようやく明日、初めての現像出しを前に、僕は今これまでにないドキドキに包まれている。それは、期待半分、不安半分のなんとも言えないドキドキ感。

というのも、今回のIIIa購入には紆余曲折がいろいろあった。元々ボディはIIIfだったものから土壇場でこのIIIaにボディをチェンジ。そのうえ、当初手に入れたエルマー50/3.5とフードFISONも総取っ替えと、これまで経験したことのないドタバタ劇の末、ようやく試し撮りにたどり着いた。二度あることは三度あるというか、肝心の写真の撮れ具合のほうもまだ紆余曲折あるんじゃないかということがどこか頭によぎる。

その一方で、試し撮りの気分はとても新鮮で心地いいものだった。想像以上に小ぶりだったIIIaは土壇場でチェンジした甲斐があったと思える素晴らしさだったし、結果として入れ替わった赤エルマーやFISONは当初のものよりとても程度のいいものになった。その使い心地はとても快適なもので、首から下げて撮り歩いた数時間はまるで冒険に出かけたようにワクワクした気持ちでスナップすることができた。1939年製のコンパクト板金バルナックの最終形であるIIIaと赤エルマーの組み合わせが果たしてどんな写真を紡ぎ出すのか、それはとても期待せずにはいられない高揚感があったりする。

この期待と不安の入り混じった感じは、思えば初めてフィルムカメラで撮ったNikon FEの現像前夜の気分にとても似ている。こんな頼りない懐古的な骨董品のようなカメラで本当にフィルム写真が撮れているんだろうか?と正直どこか疑ってかかっていたあの週末と同じ感覚。それよりも遥かに古い機械式カメラ、バルナックIIIaを手にして、再びそんな何ともいえない気分の真っ只中に今いるのである。

考えてみると、これまで手にしてきたフィルムカメラはどれも驚くくらい普通にちゃんと撮れていて、何か撮れることが当たり前の感覚になってしまってたように思う。でも考えてみると半世紀、いや80年も前のカメラで普通に撮れることは結構奇跡的なことだし、仮にどこか不具合があってもまったく不思議じゃない。クラシックなカメラを手にする故の当たり前の不安に、今更だけど改めて気づき、今それを一身に浴びているのである。

試し撮りは、M3をはじめ、ふだん使っているカメラたちと比べるために、常用のFuji業務用100で撮ってみた。カメラ屋さんと確認したところでは、あと何か不安があるとするならそれはもう現像してみるしか判断のしようもないということで、言うなれば購入後の最終チェックでもある。ちゃんと撮れてればそれはすごくうれしいけど、ここまで来たら何かアクシデントがあっても達観の境地で受け止められる気がする。僕とバルナックライカの長いであろう旅がようやく始まる。あまり生き急ぐことなく、いろんなことを受け止めて現像あがりを待とうと思う。このドキドキ感は決して居心地の悪いものではないから。

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