高性能AF機としてより高速SS 1/8000機として持つ意味も大きい。Nikon F6

Nikon F6, 50/1.4D, Fujifilm 業務用100

僕の場合だと、高速シャッタースピード機はNikon F6になる。このボディに常用レンズとしてNikkor Ai AF 50/1.4Dをつけてることが多いわけだけど、これだけ明るいレンズになるとISO感度100のフィルムでも太陽の出た日中ではなかなか開放付近では撮れない。

機械式のフィルムカメラなら最高でもSS 1/1000までのものが多いし、ヴィンテージカメラとなるとSS 1/500や1/300のものも珍しくない。そうするとSSを最高にしたとしても絞りをf8からf16あたりまで絞らないと露出オーバーになってしまう。そういう事情もあって機械式だけどSS 1/4000まであるNikon FM2やFE2は人気があったりするんだよね。

極論を言えば、別に絞って撮るならSSは1/1000もあれば十分だけど、日がさす日中に明るいレンズの開放部分の癖を楽しもうと思ったり、ボケを大胆に楽しもうとすると、やがてシャッタースピードがもっと高速なボディが欲しくなる。僕の場合は理由はそれだけではなかったけど、シャッタースピードのことは相当意識してNikon F6を手に入れた。

Nikon F6はフィルム機とはいえ現行機でフラッグシップ機でもあるから中古ボディを選んだとしてもそこそこいい値段になってしまうんだけど、これがフラッグシップ機ではないAF機に目を向ければ、驚くほど手頃な価格でハイスピードなSSのカメラを手に入れることができる。中級機であっても1/8000や1/4000は当たり前にあったりする、実は狙い目のカメラたちが勢ぞろいしている。

AFで撮るのが嫌ならマニュアルで撮ればいいだけなんで、ある程度割り切って高速シャッタースピード機として一台持っておくのも手だと思うんだ。でもたぶんね、AF機の正確さや便利さにも気づかされることになって、フィルムをAF機でも楽しむようになると思うんだけどね笑。

Nikon F6, 50/1.4D

SS 1/4000とか1/8000の世界を手に入れると、どうかしたら冬の空なら開放付近でファインダーを向けることができる。僕は感度100で撮ることが多いけど、感度400を常用フィルムにしている人も多いと思うから、そうするとやはりシャッタースピードは高速であったほうが撮るシーンを選ばない。手頃な値段で新しい世界を手に入れるなら、レンズよりもボディのシャッタースピードに目を向けてみる。これは意外と写真にいちばん大事な要素だと思う。量だけはたくさん撮るスナッパーの一人の意見として^ ^。

週末の朝は、愛犬と一眼レフと森へ。

Nikon Df, 50/1.8G

10月中旬の土曜日の朝、あまりにも適温で気持ちいいので、庭にアウトドアチェアを出して、いまこのブログを書いている。平日5日間、仕事に走り抜けてきたご褒美と思って、ありがたくこの至福の時間をいただく。

僕とカメラの付き合い方でいうと、平日はいつも仕事鞄の中には何かしらのカメラが入っているが、速写で街撮りスナップができるようにレンジファインダー機かフィルムコンパクト機がほとんどだ。一枚も撮れないほど忙しかったりするのだけど、それでもカメラを持ち歩いていることは精神的にどこか救われるところがあって、移動中のワンシーンをスナップするのが束の間の安らぎだったりする。

だから、仕事から開放された週末はとにかくのんびりしたいと思う。職場からかなり離れた郊外の家の近所で過ごす週末は、どこか隠れ家にとどまっているかのようで、精神的にはとても心落ち着く。僕なりのオンとオフのバランスをとってるライフスタイル。土のある場所でオフを過ごしたいと思うのは、幼い頃に育った環境もあるんだと思う。

そういうわけで、週末はとにかくまったり過ごしたいわけである。風の音や、葉の揺れる音、大地の枯れ草を踏みしめる足音なんかに静かに耳をすませながら、腕時計を外して過ごすのがいい。相棒は、愛犬と一眼レフだ。平日のノーファインダーな速写とは打って変わって、週末はじっくりファインダーの中の濃密な世界をのぞきながら、辺りに少し響きわたるレフ機のシャッター音を楽しむ。これが、たまらない。

そういう意味では、愛犬にも感謝してる。彼のおかげで眠い朝もなんとか起きだして、早朝の少しドラマティックな光が差し込む自然の中へ繰り出すことができるからね。カメラはNikon Dfであることが多い。このカメラは、ほんとまさにこういう写真ライフを送るためにあるカメラなんじゃないかと思う。一枚一枚じっくり撮る。ダイヤルをカチカチまわしながら、ゆっくり、まったり。僕を癒してくれるこの使い勝手こそ、Dfというカメラの最高性能だと思ってる。

Nikon Df, 50/1.8G
Nikon Df, 50/1.8G

みんな人それぞれ、じぶんを癒したり、頑張ったしぶんへご褒美をあげる方法がある。僕の場合は、週末にこんな癒しの時間というご褒美だ。そして、今は季節もそんな僕にご褒美をくれる。暑くもなく寒くもない抜群の適温のなかで、庭にアウトドアチェアをだして、お日さまと土の匂いを感じながらブログを書く。そして、目をつぶってあれこれ考えごとをする。上空高くには飛行機が飛び去るがその音も心地いい。そろそろ眠くなってきた。昼寝でもするか、風と。

デジカメをマニュアルで撮って楽しもう、という話。

Nikon Df, 43-86/3.5

土曜日の朝、まだ台風らしい突風がおさまらず愛犬と散歩へ出かけられずにいるんで、もう一本ブログを書いておこかなと。今朝はそうだな、デジカメの話。というのも、昨日、職場に新しくやってきた若者とそんな話をしていたので。

その彼は、いまムクムクとフィルムカメラを始めたい熱があったまってきていて、聞くとNikon F3を検討しているという。これまではデジカメをやっていたというので、そのノリで絞り優先AEで撮れるF3はたしかにとっつきやすいかもしれない。だけど露出をゼロから学ぶなら機械式カメラでマニュアル撮影から始めたほうがいいのになあなどと思いながら、「デジカメは絞り優先とかで撮ってたの?」と聞くと、「いえ!マニュアルで撮ってました!」と。

え?マニュアルで撮ってたの?デジカメなのに?…えらい!と笑。僕なんかデジイチを始めた頃はもうほんと露出とそれを調節する絞りやシャッタースピードのことはあまり無頓着で、それでもなんとなくはまともに撮れるもんだから、もうほとんど絞り優先AEか各種撮影ポジション(予め用意されたスポーツシーンとか夕日とか夜景とかのアレです)で撮ってたんだよね。それがこの若者は、しっかり露出を楽しんでデジカメを使いこなしてたとは。だったらフィルムカメラは基礎から機械式カメラを使う必要もなくて、最初から名機Nikon F3でいいし、センスいい選択と思ったんだよね。

最近、ほんとフィルムカメラで撮る若い人たちのセンスの良さは素晴らしいなあと思っていて、それって何が作用してるのかなあと素朴に考えてたんだけど、あ、このマニュアル意識とか「あえて、手間やプロセスを楽しむマインド」かもと思ったんだよね。スマホカメラで撮ればいいところを現像が必要な写ルンですで撮ったり、フィルムカメラのチョイスだってNikon FM2やPentax SP、Olympus OM-1といった機械式カメラを好んでフィルムで撮る若者も多い。若い人たちの方が、今のミドル世代の人たちより、クラフトマインドが豊かなんじゃないかと、ふと思った。

僕はフィルムカメラで撮るようになって露出のおもしろさを知り、だったらそれはデジカメでも楽しめるんじゃないかと、一度はすべて手放していたデジカメを再び楽しむようになった。選んだのはマニュアルで撮ることを積極的に楽しみたくなるNikon DfやLeica M型デジタル。もちろん絞り優先AEで楽ちん撮影もできるけど、僕は割とマニュアルを楽しんでる。体感露出ゲームを楽しんでるようなところもあって、パッと目の前に現れた光景の露出を頭の中で考え、それで撮れた写真を見ては「お、ビンゴ!」とか「んー、まだまだだな僕は」とか露出の腕前を確かめたりしてる。

ハイテクでいろんな機能のあるデジカメをそんなフィルムカメラのようなシンプルな使い方で利用するのはもったいない?かもしれないけど、カメラに撮ってもらうんじゃなくて、カメラを操ってじぶんとカメラの共同作業で写真を撮るということでいえば、マニュアル撮影はやっぱりおもしろいし、デジカメでMFのオールドレンズを装着したり、マニュアルモードで撮影するのはなかなかクリエイティブで楽しいもんです。世の中はデジタル時代真っ盛りだし、コスト的にもフィルムよりデジタルで撮りたい人ならば、マニュアルモード撮影をしてみてはどうだろう。なかなか新鮮でカメラとの向き合い方が広がると思うなあ。

フィルム×望遠というのもなかなか興味深いと思う今日この頃。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100

分かるかなあ、真ん中に蝶が写ってるの。フィルム一眼レフ Nikon F6に望遠70-300VRをつけて息子の運動会を撮った日の帰り道に、残りフィルムで撮ったんだよね。

考えてみると、ふだんフィルムで撮る時はほぼ100% マニュアルフォーカスの単焦点レンズで撮ってるわけで、こうしてフィルムカメラに望遠レンズを装着するという発想があまりなかった。でも、このNikon F6ならデジイチと同じ感覚で現代のレンズたち(Gレンズまでで、最新Pレンズは無理だけど)を楽しめ、もちろん普通にこうして望遠レンズで撮影が可能なんだ。なに当たり前のこと言ってんだといわれそうだけど、僕はそんな発想だった。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100

やっぱり単焦点レンズとは違う表情が撮れるわけで、特にこうして大地を撮る、自然を撮るというシチュエーションには望遠レンズがあるとやさしい目線になれるなあと思う。少し自然や大地に気を遣って、遠目から控えめに撮る感じといえばいいだろうか。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100
Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100

僕は街撮りスナップが好きだけど、それと同じくらいこうして何気ない自然な姿を撮るのも好きだ。街中の雑踏の中で速写するあの慌ただしさみたいなのとは違って、風の音なんかを感じながら静かに厳かにシュートする感覚。これはいかにも一眼レフが似合うし、それがフィルムであればまたデジイチとは違う、ノスタルジックな質感も楽しむことができる。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100
手前 Nikon F6, 70-300VR, 奥 Nikon D300, 18-200VRIi

たまたま写真整理をしていたら最初の一枚の蝶の写真を見つけたんで、ちょっとその日の感覚を思い出しながら書いてみた。きょうはまだ月曜日なわけだけど、あー阿蘇とか湯布院へフィルム一眼レフと望遠レンズを持って撮りに行きたいな。無性に行きたい。幸福なことだ。

音楽を聴くように、写真を撮ろう。

Nikon FE, Ai-S 50/1.8

僕は基本、どこへ行くにもカメラが一緒だ。仕事へ行く時も、愛犬と散歩へ出かける時も、自転車に乗ってパン屋へ向かう時も、ロードバイクで駆け抜ける時も、常に何からしらのカメラを首から下げたりバッグの中に入れて持ち出している。だから、撮る写真もいたって平凡な日常だ。何気ない移動時間の一コマだったり、道端の花だったり、少し気になった街角だったり。そうだな、家族や知人の写真以外は、誰かのためには撮っていない、じぶんが心地いいために撮っている。それでもこうして毎日カメラと過ごしているのは、シャッターを切るという行為が好きだからだと思う。シャッター音を聴いている。ちょうど音楽を何気なく聴いて過ごしているように。写真のほうにこだわる人間だったら、ただシャッターを切るだけでは満足できないと思うんだけど、幸い僕はシャッターさえ切っていれば心地いい人間なので、それはもしかしたら凄くカメラのある人生としては好都合なタイプかもしれない。カメラはいいよ、そばで眺めてるだけでもこんなに絵になる道具を他に知らないし、それで実用品としても日々役に立つんだから、単にアートとして捉えるだけじゃもったいない。特にハッとするような写真じゃなくたってどんどんシャッターを切ったほうがいい。だって、音楽を聴くようなもんだから。僕はそういうフランクな側面のカメラがとても好きだ。

じぶんのカメラも、みんなのカメラも、一日中眺めていたいくらいだ。

Rolleiflex Standard, Nikon Df

僕はTwitterやInstagramもやってるけどホームベースはこのブログだ。それでも他のSNSをのぞくのは、まさにみんなのフィルムライクなカメラたちを眺めたいから。

ライカなひと、OM-1なひと、ローライなひと、コニカなひと、みんな思い思いに愛機があって、その愛をたっぷり注ぎ込んで愛機の写真をアップしたりしてくれる。それを眺めるのがほんと心地いいし、日々の楽しみなんだ。僕は写真を撮ること、いや正確に言えばシャッターを切ることが好きだけど、機材だって写真という記憶の一部だと思ってるんで(以前、写真家の林ナツミさんがそのようなことを仰っていた)、写真と同じかそれ以上に機材たちが好きだ。小っ恥ずかしいけど恋と言ってもいい。恋してる時のあのまわりが見えなくなる感じ。カメラたちを眺めてる時はそんななんだよなあ。

だから、中古カメラ屋にもよく行く。もちろん現像したりフィルム買ったり行く理由は他にもあるんだけど、行けばほぼ100%ショーケースを見て行く。あのクラシカルなカメラたちが所狭しと並べられたショーケースの中はもうおもちゃ箱のようにキラキラして見える。あまりに魅惑的でちょいちょい手にして、その度に心打たれて、また一つまた一つと愛機が増えていくわけだけど笑、それでも最新の新品のカメラを買うよりはずいぶん安く手に入るカメラたちだから、大人の散財の仕方としては悪くないんじゃないかと思ったり。いや、言い訳か笑。

あとね、そのカメラたちのルーツを知るのが好きなんだ。僕は初号機好きなところがあって、それもカメラのルーツ好きだから、開発者の渾身の夢が詰まった初号機にどこかそそられる。初号機より改良が加えられていったモノの方がきっと使い勝手は洗練されてるんだろうけど、事カメラに関してだけは僕は不便な方、手間のかかる方へとなんか行ってしまうんだな。単純に古いもの、ヴィンテージなものが好きな世代なのかな。あー、ほんと、誰がクラシックカメラ博物館とかつくってくれないかな。できれば混み合っていなくて、珈琲飲みながら一日中カメラたちを眺めていられる博物館。僕は時間さえあれば入り浸って大人しくしてる自信ある笑。そんなことを妄想しながら、きょうもまたじぶんのカメラやみんなのカメラを懲りずに眺めている。

Nikon Z7にさわって、カメラは確実にミラーレスになると悟った。

Nikon Z7

現像出しのついでに、全国の都市部のキタムラに配備されているNikon Z7のデモ機にさわらせてもらった。さすが店員さんもしっかりメリットを熟知されていて、ひとしきり近未来のカメラ談義もできた。やはりカメラ屋で過ごす時間はたのしい。

で、そのZ7だけど、カタログやネット記事なんかで見るよりも、実物ははるかに良い。まず見た目は精悍。大口径のレンズ部は迫力あるし、その大きさゆえにえぐられたペンタ部がデザイン的にも立体的で、こういう良さは3次元で実物を見ないとなかなか分からない。で、ミラーレスだからもちろん薄く軽いわけだけど、それでも迫力あるデザインになっているのはやはりNikonのなせる技ではないだろうか。

とはいえグリップ部はしっかり構成されていて、このカメラが単にコンパクトなミラーレスとして設計されたのではなく、一眼レフ上級機と遜色ない本格的ハイアマチュアカメラに仕上げられていることを物語る。最も驚いたのはファインダーかな。ミラーレスだからEVFなわけだけど、これが僕的にはまったく光学ファインダーのようで違和感がなかった。パーツとしては他社と共通だったりするとことだけど、そこはNikon、他社製品より倍率を上げて、しかもとんでもなく光学ファインダー的に仕上げてある。あまりカメラに詳しくない人がファインダーをのぞいたら、これが電子ファインダーとは思わないんじゃないかな。このへんのカメラの作り込みの迫力はさすがNikonが他社より何枚か上をいくと思う。

シャッター音も適度に手ごたえがあって気持ちいい。まったく無音にもできるし、その中間の設定もある。つまりシーンにあわせて使い分けられる。このへんは一眼レフにはできない芸当だ。シャッターフィールもすこぶる軽快で気持ちいい。通常だと5コマ/秒くらいだったかな。ここもハイスピードにすると9コマ/秒という高速連写が可能だ。スペック的には「どうにでも使える、応える」という最新スペックカメラの無言の迫力みたいなものを感じる。

つまり、もうカメラはこれでいい。重たい一眼レフを持たなくても本格的シューティングは可能なんだ。この感触を目の当たりにしてみて、これは確実にカメラは一眼レフからミラーレスへと変わり、一眼レフは趣味的カメラへとポジションを変えていく、そう確信した。お店には同じくCanonから発表されたEOS Rのデモ機はなかったが、こうして各社が一斉にフルサイズミラーレスを出してきたことで、世の中は一気にミラーレスへと流れていくと思う。

まあ気になることがあるとしたら値段だろうか。仮にマウントアダプターを使って手持ちのFマウントレンズを使うとしても、カメラ本体とマウントアダプターだけでも40万円を超えてくる。スペックダウンしたZ6でも30万円を超えてくることを考えると、さすがにカメラビギナーには一気に流れにくい価格だけど、Canon EOS Rなら30万円を切ってくる。価格戦略的にはCanonに軍配が上がりそうだけど、どうだろう。

さて、僕はというと、今のところZ6やZ7の購入の予定はない。デジカメは一眼レフならNikon Dfがあるし、元祖ミラーレス的といえばLeica M-P typ240がある。これらのカメラを手放すならZシリーズも視野に入ってくるかもしれないけど、今はDfもM-Pも相当気に入ってるから、それらを手放してまではZシリーズを手に入れようとは考えていない。でもお金的に余裕のある人や、ちょうどカメラの買い替えどきの人はやっぱり買いじゃないかな。いつの時代も初号機というのはやはりそそられるところ。開発者たちが注ぎ込んだ熱量が違うから、そういう意味でも手にする価値は十分あると思う。

というわけで、もうすぐ発売になるNikon Z7をさわってみた感想のポスト。いやあ、ついに来たね、良くも悪くも次のカメラの時代が。そんな予感が強烈にした。カメラという道具だけはさわってみない分からないもの。そして、さわれば何もかも分かるというエモーショナルなアイテムでもあるから。

久しぶりのAF一眼レフ機の連写に、本能が歓喜した。

Nikon F6 + 70-300VR, Nikon D300 + 18-200VRii

一度は諦めた息子の運動会の撮影へ今朝になって行けるようになり、父は慌てて二台の撮影用カメラを用意した。一台はフィルムAF機のNikon F6とレンズは70-300VR、もう一台はAFデジタル機のNikon D300とレンズは18-200VRiiだ。

ふだんのカメラ生活ではどちらかというと出番の少ないAF一眼レフたち。というのも、僕のカメラの嗜好がすっかりフィルムライクなものになったから、こうしたカメラたちもMF単焦点レンズをつけることがほとんどで、AF望遠ズームをつけることはほとんどない。だから、こうして息子の運動会なんかが年に一、二回の望遠レンズの出番だったりする。

まあでも考えてみると、D300にしてもF6にしても、AFズームで瞬時に獲物を捕まえるような撮影こそが本来の性能を絞り出すシチュエーションでもあり、こうして望遠ズームを装着した姿も実によく似合う。もちろんMF単焦点レンズでじっくりゆっくり撮るのもいいんだけど、なんというか過酷な環境でその鍛え上げられた性能を試すというのが、こうした高性能一眼レフとの向き合いの楽しさなのかもなとあらためて思った。

運動会の父兄による撮影とはいえ、何百人といる子どもたちや親御さんの中で、息子を見つけてシューティングするのは、それはそれでなかなか過酷な状況ではある笑。まさに縦横無尽に動き回る獲物を瞬時に捉えて、一瞬たりとも目を離さないという感じで連写モードでシャッターを切る。周囲の親御さんたちがその異様な高速のシャッター連打音を聞いて多少引いているのを感じるものの、やがてそんなことは気にもせず真っ暗なファインダーの中に浮かび上がる世界のシューティングに没頭する。

基本はフィルムで撮ろうと思ってたからメインはF6。F6のシャッター音はまさに音色をデザインしたと言われるもので、乾いた実に高貴な音とフィーリングを奏でる。この音を頭蓋骨に聴かせたくてF6を持ち出すところがあるくらいだ。連写のそれももはやデジタル一眼レフとなんら変わりない性能。あっという間にフィルム一本撮り終えると、電気により自動であっという間にフィルムが巻き戻る。フィルムカメラなんだけど、このロボット的なハイテク感はなかなかたまらない。

息子を追いかけるのがかなり至難だと分かると、カメラをD300に持ち替える。デジタルな失敗カットを気にすることなく、それこそ連写しまくれる。F6よりさらに乾いたD300のシャッターフィールはこれまたNikon黄金期を思わせる実に心地いいもの。まったくストレスなく、目の前の過酷なシーンを次々と吸い取るように写し取っていく。この難なく辺りを正確にシュートしていく感覚は病みつきになる。

F6もD300も、もう登場から10年以上経過するカメラたちたけど、こうした過酷な使い方でも未だにまったく不安を感じさせない。共にフィルムフラッグシップ機とAPS-Cフラッグシップ機という、Nikonのありったけの技術とプライドが詰め込まれた製品だけに、そのへんのタフさは尋常じゃないものを感じる。なんというか、撮り手の本能を歓喜させる手ごたえが随所に散りばめられた至福の道具たちなんだ。息子の運動会ではあるんだけど、父もこうしてアドレナリンが溢れ出るひと時を堪能できる。カメラという趣味がまったく飽きず素晴らしいのは、なんといってもこの「実用品」ということが大きいんだろうね。いやあ、堪能した。これを契機に、AF一眼レフ機をもっと連れ出してやりたいと心底思った。

僕もAF一眼レフを持って九州各地を撮りたくなってきたな。

Nikon F6, 50/1.4D

ここのところレンジファインダーで撮ることが多い日常なんだけど、とあるエピソードにふれて、なんだかムクムクと一眼レフで撮りたい熱が高まってきた。世の中の機運が少しミラーレス機に傾きかけていることへのアンチテーゼなのかもしれないけど。天邪鬼だから、僕は笑。

という下世話な話は置いといて、一眼レフで「ザ・シューティング」みたいな時間を楽しみたいなと。ブラックアウトされた密度の高いファインダーの中で被写体を捕らえる感覚。フィルムでもいいし、デジタルでもいい。両方を持っていけば濃密かな。僕的にいえば、Nikon F6とNikon D300か。うん、なかなかいい組み合わせだ。

Nikon D300, 18-200VRii

レンジファインダーで街中の雑踏に紛れて瞬時に光景を切り取るスナップも楽しいけど、じっくりファインダーの中の世界と対話しながら撮るアノ感覚もやっぱり素晴らしい。山の稜線や海の水平線、できれば風の音を撮りたいと思うような景色を探して。僕の住む九州はそういうザ・シューティングしたい光景がたくさんあるからね。

街の雑踏ではなく、豊かな自然の中に体をあずけて大地に埋もれて写真を撮る。想像しただけでちょっとゾクゾクしてきた。子どもも手がかからないくらい大きくなってきたし、週末の大人の過ごし方としてはなかなか贅沢でいいかもしれない。僕はクルマに乗るのも本来好きだしね。ザ・シューティングとザ・ドライビングで一石二鳥だ。さて、どこへ行こうか。一眼レフたちと。

たまにゴツいカメラが使いたくなる。そんな時にはNikon F6がある。

Nikon F6, 50/1.4D

僕は軽量コンパクトなカメラが好きだ。散歩カメラや街撮りスナップというカメラの使い方を考えるとそうなるわけだけど、それでも男子たるもの、たまに理屈抜きでゴツいカメラで撮りたいと思う瞬間がある。理屈抜きに、無駄なようなことに打ち込みたくなるようなアノ衝動。そんな時に、僕にはF6がある。

フィルムカメラだから現代のミラーレスのように薄いのだけど、F6はいかにもみっちり機械が詰め込まれてますと言わんばかりに、どっしりとした手ごたえがある。それでもF5までのフラッグシップ機に比べればごくごく普通のカメラ並みの大きさ。実際、手の中に収まった時のなんとも言えない吸い付く感じは、グリップの深さと相まって、適度でちょうどいい重さだと思わせる不思議さがある。

ひとたびF6を持ち出せば、気分は本格的なシューティングタイム。こんな僕でも撮影が上手くなったような錯覚に陥り、次々と軽快にシャッターを切っていく。連写なんてしようものなら、あっという間にフィルム一本を撮り終える。そして高速で自動巻き戻しされ、次のフィルムが装填される。この一連の動作がまたプロ気分でたまらない。僕なんかはたまにこうしてゴツい操作感を楽しんでるわけだけど、F6一筋で四六時中これしか使わないという人はいたりするのかな。それはそれで相当かっこいい気がするけど、どうだろう。