Nikon D5300とNikon FEの、無我夢中。

Nikon FE, Ai50/1.8, Fuji業務用100

実はNikon D5300とNikon FEは、それぞれデジタルとフィルムの僕の一号機のカメラ。どちらも世の中的にはエントリークラスのカメラと言われるのかな。それでも、僕にとってデジタル/フィルムで初めてのカメラがこの二台だったことは大きかったなと思う。どちらも実にとっつきやすく、それでいて随分と本格的なカメラだったという点において。Nikonのカメラが末永くユーザーたちに愛される理由は、このエントリー機にも玄人的な満足感を妥協していない点なんじゃないかな。

D5300は中級機や上級機と並べてみると実にコンパクトだけど、単体で眺める分にはなかなか本格的フォルムで、「あゝじぶんは一眼レフを手にしたんだ」という満足感をしみじみと感じさせてくれる。こういう所有感というのはカメラを楽しむには意外と大事なこと。それだけで外に持ち出そうとする回数が変わるからね。僕が初めてのカメラをD5300にしていなかったら、これだけ一眼レフ機にハマっていなかったかもしれない。このD5300は今でも店頭で新品として販売されてるんじゃないかな。しかもかなりお得な実売価格で。WiFiも搭載されてるし、現行のD5600なんかより適度な重さと手に収まるグラマラスなボディはなかなかのもんだと思う。

あとフィルム機のNikon FE。これもまた、フィルムを始めようとする人にはすごくおすすめな一台である。今も昔もNikonの一眼レフは作り手のこだわりが注がれた工芸品だけど、なかでもこの時代のNikon機はやっぱり力の入り方が違う。当時の中級機だったNikon FEやFMシリーズは、それまでの大柄なNikomatシリーズから一気に小型化、車でいえばフルモデルチェンジされたプロダクトで、とにかくすべてが進化した歴史に残るモデルと言っていいんじゃないかな。そんな名作が電子式シャッターのFEならとても安く手に入れることができる。絞り優先で撮れるのはビギナーからすると間違いなく恩恵だし、数多くのカメラにステップアップするにしても、このFEならフィルムカメラのあらゆる知識を理解する軸足的存在にもなれる。僕はFEを出発点に、その後F2やF6、Leica M3へとフィルムカメラを広げていったけど、これも初めてのフィルムカメラがFEだったからこそ納得いくカメラ選びがその後できたなと思っている。

初めてのカメラを何にするかというのは、その後のカメラライフには実はものすごく重要で、僕の場合はこのNikon D5300とNikon FEであったことが今思うとすごくよかった。この二台なら本格的気分を味わいながら無我夢中になれるチカラを持ってるからね。どうせカメラを始めるなら、あまり初心者向きすぎてももったいないし、ビギナー向けてありつつも本格的な要素を十二分に楽しめる高次元バランスのカメラがいい。僕が初めてのおすすめカメラを聞かれたら、この二台をおすすめするかな。自信をもってね。

3度目のリバーサル現像は、紅葉だった。

Nikon F6, 50/1.4D, Fuji Velvia100

修理に出していたF6が紅葉に間に合う時期にNikon社から帰ってきたんで、愛犬との散歩がてら、初めてふだんの散歩カメラにリバーサルフィルムで出かけてみた。

Nikon F6, 50/1.4D, Fuji Velvia100

リバーサル現像はこれで3度目なんだけど、これまで2回はせっかくのリバーサルフィルムだからと少し車で遠出して撮影してきたんだけど、今回はふだん使いでリバーサルを試したくて、週末のいつもの散歩コースで撮ってみた。

Nikon F6, 50/1.4D, Fuji Velvia100

リバーサルフィルムはFUJIのVelvia100。前回、Provia100F、Velvia50、Velvia100と3種類のリバーサルフィルムを試してみたんだけど、それぞれ良さはあったものの、美しさと使いやすさのバランスが最もとれていたのがVelvia100だったんで、数本買い置きしておいたものだ。

Nikon F6, 50/1.4D, Fuji Velvia100

なんてことないふだんの散歩道での撮影だったから、これまで感動してきたようなリバーサルらしい仕上がりが楽しめるかどうか少し不安もあったんだけど、そんな心配は杞憂というか、僕の腕前は置いといて、今回もリバーサルフィルムは僕に軽い衝撃をもたらしてくれた。

Nikon F6, 50/1.4D, Fuji Velvia100

まあ、なにより紅葉とリバーサルフィルムの相性がいいんだろうね。あまりの紅葉の美しさに、愛犬のほうのピントはまったくきていなかったりしてるわけだけど笑、フィルム好きな人たちがよく言う、紅葉はリバーサルフィルムでおさえたいというニュアンスが少しわかった気がする。

Nikon F6, 50/1.4D, Fuji Velvia100

少し暗めのシチュエーションでは露出調整をもう少し明るくしたほうがいいなとか、まだまだリバーサルフィルムのコツみたいなものはつかめていなかったりするけど、それでも撮った本人的には十分満足できる写りで、そのあたりはAF機のNikon F6のおかげかなと思う。

Nikon F6, 50/1.4D, Fuji Velvia100

あとは、レンズはAF 50/1.4Dだったんだけど、本当はもう少し絞ったほうがいいんだろうけど、僕はレンズのクセを楽しみたいんで、今回も開放気味でほとんどの写真を撮り、少しだけこのレンズとリバーサルフィルムの相性みたいなものも感じとることができたように思う。

それにしても、ふだんの散歩道でもリバーサルフィルムは十分魅力的に使えることがわかって、んー、これはまたコストのかさむ世界に突入してしまったなというなんとも言えない複雑な気分なわけだけど笑、ネガフィルムに比べたら僕はまだまだリバーサルフィルムの撮影量は圧倒的に足りないから、そこはもったいぶらず、こうしてたまにふだん使いにもリバーサルフィルムを持ち出しやろうと小さな決心をした2017晩秋となった。リバーサルフィルム、やっぱりこいつは魔性のフィルムだ。

シャッター音の気持ちよさでいえば、Nikon Dfも忘れてはなるまい。

Nikon Dfの軍艦部とシャッターボタン

きょうは一日、フィルムコンパクトのKonica C35で写真を撮ってたんだけど、その反動なのかな、愛犬と夜散歩してる時に、ふと元気のいいシャッター音のカメラで写真を撮りたいという気持ちが込み上げてきた。その時、イメージとして浮かんだのがNikon F2ではなくNikon Dfだったんだよね。じぶんでも少し意外だった。

考えてみると、Nikon Dfというカメラはデジタルなんだけどフィルムカメラ時代のマニュアル感覚で撮れるレトロチックな軍艦部、オールドニッコールなレンズたちが使えるところなんかの特徴が語られがちだけど、何を隠そう、シャッター音とシャッターフィールも実に気持ちいいカメラなのである。低音の締まりの効いた落ち着きあるシャッター音と、ストンと瞬時に振動が収まる感触は、フィルムカメラとは違ったある種の官能さを持ち合わせている。あの感触を一度でも味わうと、やっぱりヤミツキになる何かがあるのである。

そうだなあ、マットな音と振動とでも言えばいいだろうか。F2のような叫びに近い派手なシャッター音ではなくて、もっと上品な収まりのいい音色。その派手さとは違う感触がジワジワと僕の好みを支配していってるようなところがある。それもそのはずで、手持ちのカメラの出動回数とシャッターを切る頻度でいえば、今はNikon Dfがいちばん多いかもしれない。もともとはフィルムカメラで撮れないシチュエーションの補完カメラ的な存在だったかもしれないけど、今やすっかりメインカメラになっていて、たぶんシャッター音を聴きたいカメラとしていちばんに想起したのも、その証だと思う。

まだ火曜日、Nikon Dfで撮れる週末までは三日ほど我慢しなければならないけど、無性にいまNikon Dfで撮りたいという衝動にかられる。部屋の中で空シャッター的に数枚撮ればいいんじゃないかと思うかもしれないけど、あのDfのマットで締まったシャッター音は、外の空気の中で聴くほど空気に包まれて心地いいものになる。だから、やっぱり部屋の中ではなくて外で聴きたい。フィルムカメラ的なフォルムだけど、フィルムカメラとは違う、一種独特のシャッターフィールを感じさせてくれるDfというプロダクト。このカメラを製品化したNikon社の開発陣たちのこだわりは、単に昔を懐かしむことではなくて、唯一無二のカメラを世に送り出したかったんだろうなと今は思う。

僕もDfを購入しようと考えるまでは、Dfはそのデザインばかりに目がいっていたんだけど、同じような印象を抱いてる人は、ぜひ店頭でDfのシャッターフィールを体感してほしい。このDfというカメラが何かの真似事ではないことがはっきりと分かると思う。

フィルムなら、辺りに漂う光をすくい取ってくれる。

Nikon F6, 50/1.4D

フィルムは暗所に弱いから、暗所を撮る時はデジタルで…みたいな思いが僕の中にもどこかあったんだけど、最近は少し違ってきた。技術的なことは詳しくないので感覚的なことで恐縮だけど、フィルムのほうが僅かな光をうまく捉えてくれる気がするんだ。捉えるというより、光をすくい取ってくれるという表現のほうが近い。デジタルだと逆光気味だと黒つぶれしやすいシチュエーションでも、フィルムだと周囲の光を集めて黒つぶれしないように辺りを照らしてくれる、そんな感じ。

フィルムって、そういう意味では全然脆くないというか、逆に頼もしいなと最近すごく思う。フィルムは昔の技術のものでデジタルは最新の技術と捉えると、なにやらフィルムがデジタルより劣ってるみたいに思いがちだけど、そういう単純な比較や優劣はあまり意味がないというか、フィルムとデジタルは異なるもので双方にそれぞれ良さがあるものなんだよね。フィルムはその風合いばかりが取り上げられがちだけど、このフィルムの性質のよさみたいなものにももっとスポットがあたればいいなと思う。

ネガフィルムはラティチュードが広くて、少々の露出間違いでも大きな包容力で写真を仕上げてくれることも、フィルムの頼もしさや強さみたいなものを表しているかもしれないね。僕も機械式カメラを持ち始めた頃は一枚一枚に露出計アプリをかざしていたけど、フィルムのそのアバウトさを受け止めてくれる偉大さに気がついてからは、ほぼ露出計なしで勘で撮っている。でも、ほぼきちんと撮れてるから僕の体感露出の精度も多少は上がっているのかもしれないけどね。フィルムを始める前はあれだけ露出を計って撮るなんて面倒そうと感じていたのがほんと嘘のよう。フィルムと対峙するというより、フィルムと遊び戯れる、そんな感覚が今ではとても楽しい。フィルム未経験の人はぜひそのフィルムのおおらかさみたいなものを感じてみてほしい。たまらない何かがあるよ。

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フィルムを食べ残さないことについて。

Nikon F6, 50/1.4D。撮影はiPhone

「フィルム」「食べ残さない」…何のこっちゃ?という感じなんだけど、今朝ふと思ったのでブログに記憶を。僕は以前ブログでこんなことを書いた。

「フィルムを無理に使い切らないで、カメラの中に残しておこうと思う」

で、しばらくそんなカメラ生活を続けていたんだけど、昨日かな、チョートクカメラ日記を読んでたら、田中長徳さんが「フィルムは毎回使い切ったほうがいい」と書かれていたのを目にする。チョートクさん的には当たり前に、フィルムを入れっぱなしにして何台かのカメラをローテーションしていたら、もうどれが何を撮ったものか分からなくなるし、それだと現像した際に夏の写真とクリスマスの写真がいっしょになっちゃったりして風情もない…的なことを書かれてたのかな。で、だよなあとこれまた当たり前に反応して、今朝愛犬との散歩カメラに連れ出したF6のフィルムを、散歩が終わる頃にちょうど24枚使い切るように撮っていたところである。

この24枚撮りきるまでをどこか想像しながら撮り歩く感じ、何かに似てるなあと思ったんだけど、それが「白ごはんとおかずをちょうど食べきる、あの調節具合」に似てるなあと思ったわけ。変かな?笑、僕だけかな、こんなこと考えるの?笑笑。でもまあ、なんかゲーム感覚みたいで、「ちょうど使い切る」というのは、なかなかおもしろい要素だと思った。無理やり使い切るというのはアレだけど、そこまでは無理しないんだけど、使い切ることを念頭に撮り歩くと、一枚一枚の被写体選びみたいなものも少し変わってくる。ごはんもフィルムもきれいに食べ残さないほうが気持ちいい、そんなお話です。

フィルムはコストがかかるから、そのあたりの「一枚一枚を無駄にせず撮る」という感覚はやっぱり大事だし、それはちょっとお米を一粒一粒大事にする感覚と似ている。僕が今朝使ったフィルムはFuji業務用100の24枚撮りで一本¥200、現像代とデータ化代を足すと、一本¥1,300くらいだから、フィルム一枚あたりの撮影コストは¥54円くらい。意外と安いとも言えるけど、チリも積もれば何とやらで、できれば大切に使いたい。そんな感覚が僕の中で「ごはん同様、フィルムも食べ残さないことが大切」みたいに思った、そんな日曜日の朝です。

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趣味でやるなら、カメラは機能より気分。

Nikon F6, 50/1.4D

カメラを始めて丸3年くらいになるのかな。その間にデジカメからフィルムカメラまで、コンパクトからレンジファインダー、一眼レフまでいろんなカメラに触ってきたけど、これからカメラを始めようとする人へ何か参考になる言葉があるとすれば、このタイトルにある言葉かなって思う。

「カメラは機能より気分」

機能はもちろんたいせつ。高機能なカメラであればあるほど、他のカメラでは撮れなかったものが撮れたり、所有する満足感は高まるかもしれないけど、僕らアマチュアの写真愛好家が楽しむということでいえば、正直そんなたくさんの機能は使いきれない。むしろほとんどの機能は使いきれないままの人のほうが多いんじゃないかな。僕は明らかにそうだな。

高感度で撮影ができるに越したことはないし、シャッタースピードが1/4000もあれば明るいレンズが使えるとかたしかにメリットはある。じゃあ、そんな機能がないといい写真は撮れないかというと、そんなレベルにないクラシックなカメラでみんなバンバンいい写真を撮ってるわけなんだよね。なんでもそうだけど、無きゃ無いで、無いなりに工夫して最善の方法を考えるし、その制約みたいなものがクリエイティブな発想を生み出す源泉になったりする。使いきれない機能を使う前からどうこう悩むよりは、機能なんか分からなくても直感で「このカメラで撮ると自分らしいだろうな」と思えるカメラを手に入れて、その限られた環境の中で試行錯誤しながら撮るほうが楽しいよなって。

カメラに撮らされるという意味ではないけど、にんげん、あるカメラを手にして撮りためていくと、そのカメラで撮れるクセみたいなものがだんだんわかってくるから、そのカメラで撮れるであろう可能性を無意識に探りながら撮るようになる。にんげんはものすごい適応力のある生き物なんだなって実感するわけだけど、そうやって制約の中から想像以上のモノを生み出すことは、最大の達成感だと思うんだよね。だってさ、100万円のカメラで撮られた写真より、一万円のカメラで撮られた写真のほうが明らかに素晴らしいとしたら、そんな痛快なことはないわけだからね。誰かと比べる必要はないけど、そういうことは人のモチベーションとしてはたいせつなことだと思う。

つまり、カメラやレンズなんてなんでもいい。正確にいうと機能なんてどうでもよくて、自分がビビっと感じたカメラ、自分の気分がノレるカメラの性能の範囲内で、試行錯誤しながら撮りまくる、感じまくることが何より大事で、心に健康的なことなんじゃないかな。だって、僕らはプロじゃなく、そういう自由が許されるアマチュアであり趣味人なわけだから。何台かカメラを所有してみて、そういうことを実感している今日この頃である。

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Nikon Dfを手に入れてから、カメラと向き合い方の幅が広がった。

Nikon F2とNikon Df

フィルムカメラに夢中になっていた最中に仲間入りしたデジタル一眼レフNikon Dfだけど、ほんと手に入れてよかったなと思ってる。僕の手持ちのカメラはフィルムカメラが多いけど、最初はそのフィルムカメラたちの隙間を埋める存在だったけど、今はもう少しニュアンスが違っていて、隙間を埋めるというよりはフィルムとデジタルをシームレスに行き来するハブのようなカメラになったし、Dfがあることで最新のカメラ事情やレンズなんかにも関心が向くようになり、なんというかカメラ生活の幅がぐんと広がったように思う。

Nikon Df, 50/1.8G

愛犬と散歩に行く時はAF単焦点レンズの50/1.8Gを装着すれば片手で撮れるし、今の時期のように朝晩が少し暗い時期でもしっかり高感度で撮れるから、時間を問わずカメラ生活を楽しむことができている。

Nikon Df, 43-86/3.5

そして、レンズをオールドニッコールに換えれば、まさにマニュアルライク、フィルムライクにカメラを操る楽しさを味わえる。僕が持っているMFズームの43-86/3.5 通称ヨンサンハチロクは、いつもはフィルムカメラのNikon FEに装着してることが多いけど、こうしてデジタルのDfにもつけて楽しむことができるのは、まさに「不変のFマウント」のおかげだ。

Nikon Df, Ai35/2.8

この写真は初めてDfを連れ出した時に撮ったもので、普段はフィルム機のNikon F2につけていたAi35/2.8をDfにつけて撮ったんだけど、マニュアル撮影の感触が素晴らしく小気味良くて、ジワジワと感動しながら撮っていたのを覚えている。僕の中でデジイチのイメージがはっきりと変わった瞬間でもあった。

Nikon Df, 24-85VR

Dfを手に入れた当初はオールドニッコールの主に単焦点で楽しんでいたけど、そのフルサイズ機らしい高性能さもせっかくだから味わおうとAF標準ズームレンズの24-85VRも加えて、そういう意味でも単焦点からズーム、オールドレンズから現行レンズまでずいぶんと幅広くDfライフを楽しむようになってきた。

Nikon Df, 50/1.8G

僕みたいな「フィルムライクにデジタルを楽しむ」という流れでカメラ選びをする人はそれほど多くないかもしれないけど、すでにフィルムニコンを楽しんでる人にはオールドニッコールをそのまま楽しむデジタル機としてもちろんおすすめだし、これからフィルムカメラを始めようとする人なんかにも、例えばフィルムニコン機を選んで、いずれぜひDfとのシームレスな“フィルデジ”生活を堪能してもらえればなって思う。

Nikon Df, 50/1.8G

僕の撮った写真はあまり上手じゃないんで作例としてはちょっと参考にならないかもしれないけど、Dfで撮ると心なしかフィルムっぽく撮れるような気もするんだよね。何をもってフィルムっぽいというのかとかは理詰めでは説明ができないけど、撮った僕の感覚としてはそういうところもあるところもあるということを付け加えておきたいと思う。いずれにしても、このDfが僕とカメラの関係を大いに広げてくれたことだけは間違いない。カメラ選びとは単に性能選びじゃなくて、もっとエモーショナルなものだよね、やはり。

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Nikon FEがくれる癒しについて。

Nikon FE, Ai50/1.8

Nikon FEは僕が最初に手にしたフィルムカメラだ。その後、カメラがだんだんと増えるに従ってFEの出番は減ったけど、たまに無性に連れ出したくなる。それは、このカメラがなんともいえない癒しをもたらしてくれるから。

Nikon FE, Ai50/1.8

この空と梅の花の写真は、まさにFEとの最初の週末に試し撮りで撮ったもの。カメラ屋さんで教わった操作方法を思い出し、とにかく分からないなりに撮ってみたんだけど、現像後は軽く感動したなあ。光線漏れもなく、明らかにデジカメとは違う写真が撮れてたから。

Nikon FE, Ai50/1.8

Nikon FEのシャッター音はなかなか趣のあるもの。カチャン!というような人間くさい音がする。最近のデジイチなんかからはちょっと想像できない音だし、フィルムフラッグシップ機なんかの硬質な音とも違う。レトロなおもちゃで遊んでるようなとても懐かしい音なんだ。

Nikon FE, Ai50/1.8

その独特の緩さとでもいえばいいだろうか。絞り優先で楽に撮れるところも相まって、撮影している時間は癒しのひとときなわけだけど、撮れる写真もどこか癒しがあって、そういう意味でたまにFEの癒しテイストで撮りたくなる時があるんだよね。

Nikon FE, 43-86/3.5

僕がFEで撮る時は購入時にセットになっていたAi 50/1.8が多いけど、たまにZoom 43-86/3.5 Aiで撮ることも。この時代の写真は、フィルムとレンズで決まると言われるけど、レンズを変えてもどこか癒し感があるのは、やっぱりボディFEに何かあるのかなと思ったり。絞ったらシャープな写真も撮れるだろうから、僕の絞り開放気味のせいかもしれないけど、そこには僕好みの癒しの世界がある。完全機械式ではないけど、メカニカルテイストも味わえるNikon FEはなかなかおすすめのカメラなんだ。

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写真は撮る時も楽しいけど、後から一枚一枚眺めるのも楽しいんだ。音楽でも聴きながらね。

Nikon Df, 50/1.8G

なぜカメラが好きなのか。それは撮る時も楽しめるのはもちろん、後日に撮った写真を眺めてまた楽しめる。二倍楽しいんだから、そりゃ惹かれるはずだよね。しかも、お気に入りの音楽でも聴きながら写真を眺めれば、撮ってよし、眺めてよし、聴いてよしの三倍楽しめる。こんな楽しさが増幅する趣味というのは実はそうないんじゃないだろうか。

僕は今夜はこのブログを書くためにiPhoneのカメラロールを眺めながら、AppleMusicでToday’s Musicを聴いている。ちょっと予測できない曲が流れてきて、それもまた意外性が脳を喜ばせる。きょうも仕事はそこそこ疲れたけど、いまこの瞬間は写真と音楽が疲れを忘れさせてくれ、からだが少しすーっと軽くなるような感覚になる。つまり、至福の時間だ。

にんげんにはこういう時間がいる。何も豪華絢爛なシチュエーションじゃなくていい。こんなささやかな上質な時間があれば、脳とからだはずいぶん癒される。そう考えたらカメラと写真はやっぱりいいよね。そんな驚くような投資をしなくても、これだけ豊かな時間が味わえるんだ。今と過去を行き来するタイムマシンのような感覚が僕にはほんとたまらない。さて、もう少し写真を眺めながら、今夜は早めに目をつぶろうか。

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愛犬が、僕とカメラを外に連れ出してくれる。

Nikon Df, 50/1.8G

この子が家族になって四ヶ月くらいかな。彼との朝晩の散歩がすっかり僕のルーチンワークになった。実は以前にもミニチュア・シュウナウザーを飼っていた時期があったから、愛犬との散歩を再開したと言ったほうが正解かな。

犬と暮らしたことがある人は分かると思うけど、犬は人生にいろんなものをもたらしてくれる。弱いものを守ってあげる気持ちとか、いつまでもめげない心とか、ひたすら癒されることなんかもそうかな。あと、いちばん生活スタイルに変化をもたらすといえば、やっぱり散歩へ出かけることだろう。

Nikon Df, 50/1.8G

犬を飼っていなかった時期が一年半くらいあったんだけど、その間は考えてみるとあまり散歩に行くなんてことがなかった。Runとかロードバイクで出かけることはあったけど、そういう特別な目的のために出かけるんじゃなくて近所をゆるりと歩く散歩、これがほんとそんな機会がなかった。

Nikon Df, 50/1.8G

でも愛犬と暮らすようになると、またこうして近所をゆっくり歩くようになった。それも毎日、朝晩必ず。これは何でもないようでいて、すごく生活において大きな変化なんだ。毎日少しずつ移ろう風や空気、匂いや日差しなんかを五感で感じとる。四季のある国らしい季節の流れを否応なしに感じるんだ。

Nikon Df, 50/1.8G

そこにはね、カメラがとてもよく似合う。スマホカメラでも悪くはないけど、せっかく五感が豊かに反応してるわけだから、どうせならカメラで少しクリエイティビティな撮影を楽しんだほうがいい。フィインダーの中の少しドラマティックな世界、そして脳を喜ばせるシャッター音。僕はほんともう愛犬の散歩でそうしたカメラ生活を楽しませてもらってる。

Nikon Df, 50/1.8G

この冬場の時期はね、さすがに早朝も夜も暗くてカメラで気軽に撮るのはむずかしいけど、週末はこうして太陽のある時間に愛犬とのんびりカメラを楽しめる。オートフォーカスのNikon DfとNikon F6なら、片手で撮ることができるから、もっぱら愛犬と出かける時は、この二台のカメラのどちらかがいつも一緒だ。

Nikon Df, 50/1.8G

何の変哲も無い住宅地だから、特別おもしろそうな被写体があるわけじゃない。もうほんと撮るものといえば、平凡な道端の草花や公園の遊具とかだったりするわけだけど、それでも四季の移り変わりを感じながらシャッターを切るのはそれだけで心が豊かになれる。日々に少しだけクリエイティビティな瞬間を注入できるんだ。

Nikon Df, 50/1.8G

僕が散歩してる時も他にカメラを持って犬の散歩をしてる人は見かけないんだけど、僕はこれ、すごくおすすめするけどなあ。犬と暮らしてる人は、散歩用にカメラを持ち出してみるのが絶対いいと思う。どうせ歩くなら、辺りをもっと眺めながらシャッターを切って脳も活性化させてみる。なんというか犬の散歩の概念が少し変わると思うから。

Nikon Df, 50/1.8G

12月を越えると日もだんだん長くなる。そうすると平日の早朝でも明るくなってカメラで気軽に撮れるようになる。夏場なら早朝だけじゃなくて夜もけっこう明るくてカメラで撮れるからね。オートフォーカスの一眼レフじゃなくても、コンデジでもいい。僕もRICOH GRを連れ出すこともあるしね。

Nikon Df, 50/1.8G

なんていうのかな、犬もカメラも、生活に必ず無くてはならないものではない。無くても生きていけるしね。でも、犬がいると、カメラがあると、人生に流れる時間がちょっとだけ豊かで創造的なものになるんだ。僕はそう感じている。劇的な光景が毎日現れるわけじゃないけど、感動とは何も劇的なシーンからばかりじゃない。そういうことを教えてくれる、それが犬と日々出かける散歩カメラなんだ。

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