カメラでカメラを撮る、という付録的たのしみ。

Rolleiflex Standard, 撮影はNikon Df, CZJ MC Pancolar 50/1.8

ここ数日、カメラを持って出かける時はできるだけ2台以上持ち出すようにしている。というのも、2台で撮り比べるたのしみはもちろんなんだけど、2台あれば「カメラでカメラを撮る」ことができるからである。

Rolleiflex Standard, 撮影はNikon Df, CZJ MC Pancolar 50/1.8

そんなことしなくてもiPhoneで撮ればいいじゃないか?と言われそうだけど、そう、僕はふだんは愛機たちをiPhoneカメラで撮ってきた。それはそれで十分実用的なんだけど、実用的な写真が撮りたいんじゃなくて記憶的な写真が撮りたいんだな、できれば。

Rolleiflex Standard, 撮影はNikon Df, CZJ MC Pancolar 50/1.8

きょうはRolleiflex StandardとNikon Dfを連れ出したんだけど、ここまでの写真3枚はDfで撮ったもの。やっぱり撮り慣れたカメラで構えて撮ると、どことなく人間っぽいカメラたちの姿を浮かび上がらせることができる、それがいい。この後、Rolleiflex StandardでDfも撮った。リバーサルで撮ったんだけど、どうだろうね笑。

Leica M3, 撮影はLeica M-P typ240 + Summilux 50

これはLeica M3をLeica M-P typ240で撮ったもの。Summiluxは1mまでしか寄れないけど、それがまた客観視するみたいで良かったりする。カメラでカメラを撮ると、やっぱり人間くさいなあ。

Nikon FE, 撮影はNikon F6 + 50/1.4D

この日はNikon FEをF6で撮った。逆も撮ったし、Asahi Pentax SPも持ってたから3台をぐるぐる回して撮りっこみたいなことしてたな笑。公園で撮ってたんだけど、もし誰かに見られてたとしたら、かなり変な人に見えたぢろうな。風景撮ってるんじゃなくて、カメラたちをぐるぐる回して撮ってるおじさんだから笑。

Leica M3, 撮影はRICOH GR

もちろん、カメラを撮ることが目的ってわけではなくて、複数台のカメラでひと通り風景スナップとか撮ってるんだけどね。大抵、組み合わせとしてはフィルムカメラとデジカメの2台。フィルムを1本撮り終えたらデジタルに持ち替える、その繰り返しみたいな撮り比べ。まあ実際はフィルムの写真は現像後のたのしみたから、その日こうしてブログなんかにあげられるのはデジカメのほうの写真のみになるんだけどね。

今週は、撮り終えたフィルムが今のところ4本。現像があがればそのうち何枚かは「カメラでカメラを撮った写真」がまじってると思う(あまり数えたり意識しては撮っていなくて、いつもついで的に撮ってる)。それもまた現像あがりを見るたのしみ。そうして思うのは、僕は写真を撮るのが好きだけど、それと同じがそれ以上にカメラのことが好きで、「カメラを撮る」ことが好きなんだよな。

朝陽の中で、機械式カメラたちと深呼吸する。

Leica M3+Elmar M 50/3.5, Nikon F2+Auto 50/1.4

8月の初めの土曜日の朝、無性に機械式カメラのシャッターを切りたくなり、二台のカメラにフィルムをつめて愛犬と散歩へ。やんちゃな愛犬のリードを片手で持ちながらのマニュアル撮影はなかなか大変なんだけど、愛犬がいるからこうして散歩カメラに出かけられる幸福でもあるので、なんとか愛犬をなだめながら撮り歩いてきた。

F2のほうは36枚撮り終えた。なんてことない散歩道、わざわざコストや手間のかかるフィルムで撮る必要があるのかというのはあるんだけど、この場合の撮影は撮りたいものがあるというよりフルメカニカルシャッターを切りたいということが動機だから、僕的には十分満足できる。

F2の少しグニャリと生き物のような感触のフィルムの巻き上げはいかにも人間的だ。そして甲高い金属的なシャッター音が静かな休日の朝の住宅街に響く。いかにもプロ機らしい重厚な手応えは、散歩カメラとはいえヤル気をもたらす。そうして、カメラをM3に持ち替えると、一気に真逆の静寂がおとずれる。フィルムの巻き上げもシャッターフィールもひたすら静かだ。明るくまばゆいファインダーをのぞき、両目をあける。すると景色の中にブライトフレームと花々たちが浮かび上がる。最高だなあと心の中でつぶやく。やっぱりこのフィーリングはフィルムカメラの、機械式カメラだけがもたらしてくれるよろこび。カメラは撮る道具だけど、それを超越した心を満たす何かがあると今朝も感じ取る。

Nikon Dfは、SMC Takumar 55/1.8とも時空を超えてくれた。

Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8

Nikon Dfのことがあらためて好きになった週末だったな。Dfはオールドニッコールたちだけじゃなくて、こうしてタクマーも楽しませてくれるオールドレンズ 母艦ボディだったと気づくことができたから。

Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8
Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8

タクマーは言わずと知れたアサヒ ペンタックス時代の銘レンズ。僕はこのレンズをフィルム一眼レフのAsahi Pentax SPと一緒に手に入れて、先日フィルムで試し撮りしてその素晴らしい描写にペンタックスのイメージが一変したところなんだけど、デジタルでも撮ってみたくてね。マウントアダプターを購入して試してみたんだ。

Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8
Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8
Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8

オールドニッコールのカリッとシャープな描写と比べると、どこかマイルドでゆらぎのある世界。NikonとPentaxのジャストフィットとは異なる曖昧さがいいんだろうね。僕はけっこう気に入ってしまった。先週手に入れたMC Pancolarで撮った時も感じたけど、オールドレンズとデジタルの組み合わせがあらためて好きになった瞬間だった。

Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8
Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8
Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8
Nikon Df, SMC Takumar 55/1.8とRollei35

その世界をあまり言葉で表現しようとするとチープになる気がするんで、DfとSMC Takumarの相性みたいなものはこの拙い作例たちで恐縮ではあるけど、なんとなく感じとってもらえれば。今週末はDfと他社ブランドのオールドレンズたちを試す二日間だったけど、濃密だったな。M42の世界、たしかにここには時空を超えた何かがある。それはデジタルでもNikon Dfでも変わらない。いや、むしろここには独特の時間が流れてるかな。なんとも言えない得した気分の日曜日の夜なのである。またひとつ、何かを超えた気がした。

想像通り、楽しかったな。Nikon DfとCZJ MC Pancolar 50/1.8の世界。

Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8

今週手に入れたオールドレンズ Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8をアダプターを介してNikon Dfにつけて、初の試し撮りへ出かけてみた。結論から言うと、想像通りの楽しさだった。いや、想像以上かな。

Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8

このレンズは1970年代から80年代にかけて東ドイツ時代に分断されていたカール・ツァイス・イエナが送り出したもの。レンズ構成的には西ドイツのカール・ツァイスの“プラナー”に値するもの。外観や部材なんかはコストを抑えてあるけど、その写りはいかにもツァイスと聞いていたので、撮るのが楽しみでならなかった。

Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8

その描写はなんと言えばいいんだろうな。僕的にいえば“綺麗な瞳”という感じかな。開放気味でいろいろ撮ってみたけど、ボケ具合はよく見ると粗さもあるんだけど、パッと見た感じではそれを感じさせない綺麗な印象を伝えてくる。全体の織りなすバランスがとれた美しいひとといったところかな。どうだろう。

Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8

このPancolarはM42マウント。なのでNikon Fマウントに装着できるマウントアダプターを介して装着している。ミラーレスではなくて一眼レフにつけるフランジバックの関係上、焦点距離は1.3倍になるらしい。あと無限遠が出なくて距離目盛でいうところの10mくらいまでかな。ただ35cmくらいの接写が可能だから、こうしたマクロのような写真が撮れたりする。そういう癖や制約も含めて楽しいと僕は思えるんだけどね。

Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8

Dfにはふだんはオールドニッコールをつけて撮っていたんだけど、ニッコールよりはやはり綺麗な気がしたかな。ニッコールはもっと男性的というかキリリとしたシャープさがある気がする。それに対してPancolarは女性的なラインや光の捉え方をすると思たけど、どうだろう。

Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8
Nikon Df, Carl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8

それにしても、すっかりオールドレンズの世界にハマってしまった。それもこうして現代のデジカメにつけて撮るのがおもしろい。時空を超えて古きレンズと現代のボディが交錯する感覚、そこに正確ではない曖昧さを見せる感じが僕にはとても神秘的で神々しく思える。写真に詳しいひとから見ればいろいろと甘い認識かもしれないけど、僕はこの不完全な曖昧さが好きだな。カメラと過ごす時間くらい正確無比な世界から解放されたいから。そこはフィルムカメラで撮る感覚と同じなんだ、僕にはね。あとはこのM42の深みにはまらないことを祈るだけなんだが笑。

金曜日は、カメラを触ろう日。

Nikon Df

金曜日、午後10:00をまわってやっとひと息つく時間。今週は連休明けとはいえなかなか長くしんどかったけど、明日の朝になればゆっくり散歩カメラできると思えば、どこかエネルギーが湧いてくる。

僕の明日の楽しみはNikon DfにM42マウントのCarl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8とSMC Takumar 55/1.8をつけて試し撮りすることだ。調べてみるとNikon機とM42マウントはあまり相性がよくなくて、やれ無限遠が出ないとか、フルサイズだけど1.3倍のサイズになるとかいろいろありそうだけど、それでもまずはDfにつけてみたくて、FUJIFILMのミラーレス機にはその後だなと考えたりしている。

なんにせよ、初物を試し撮りするのは毎度ワクワクする。そんなワクワクな気持ちが、前夜に機材たちを触らせる。何をするわけでもないんだけど、カメラを手に持ってはフォルムの微妙な曲線を指でたどったり、ひたすらいろんな角度から眺めたり、シャッターを巻き上げて空シャッターを切ったり。それだけで心踊るし豊かな気分になれる。すごいよなあ、カメラって。

クラシック調のカメラは、撮る道具であることはもちろんだけど、ただただ眺めるだけでも心地いい。Nikon Dfが発売から数年経っても値が下がらないのは、そういう眺める楽しみがあるからだろうね。すっかりオールドレンズとデジタル機との組み合わせに僕は今酔っている。さて明日まであと数時間。夢の中にカメラが出てくるくらい触りまくって眠りにつくとするかな。

カメラを難しいものにしたくない、という気持ちはどっかある。

Nikon F6, 50/1.4D

もともとこのブログはカメラのことを書こうと思って始めたんじゃなくて、「カメラを通して見る記憶の数々を記していこう」と書き始めたもの。だから、僕自身、カメラのことは詳しくないし、写真の腕もあるわけじゃない。そんな僕とこのブログではあるだけど、だんだんとじぶんの想像を超えてカメラに魅せられていく日々となり、近ごろはカメラのことについて書く機会が増えた。

それはなんとなく僕のようにカメラに詳しくない人でもカメラは気軽に楽しめるんだぞ、ということを伝えられる場になればなという思いがある。実際、カメラはプロの写真家も使う道具だから突き詰めていくと機能も所作も奥が深い。けれど、それを必要とするのはほんのひと握りの人であって、多くの人にとってはカメラの基本的機能さえわかれば実にシンプルでフランクに写真を撮ることができる。というか、いいカメラになればなるほどビギナーやアマチュアにやさしい大きな包容力がある。

例えばNikon F6は見た目も性能もゴツいけど、単に写真を撮るというこに関していえばほぼすべてがオートでシャッターボタンを押すだけで驚くほど満足のゆく写真が撮れる。フィルムカメラの原点であり35mmフィルムカメラの原点であるバルナック型ライカやM型ライカも、その撮影所作は驚くほどシンプルで、変な操作に惑わされず写真を撮ることにまっすぐ集中することができる。

近ごろのデジタルだって、M型デジタルのLeica M-P typ240は想像以上に機能も少なく、街中でサッとスナップを撮るのにも必要以上に躊躇することなく写真が撮れる。一見面倒に見えるクラシカルな二眼レフだって、撮ってみればその操作のステップが拍子抜けするくらいシンプルで、あ、もっとはやく出会っておけばよかった、みたいなフレンドリーさへの感動がある。そんな、実はカメラは僕らアマチュアの写真好きビギナーにも優しいんだということがブログを通して伝えられたらなと思うんだな。

しかもカメラはシチュエーションにも優しい。何も絶景やモデルさんを撮らなくても、撮る楽しみということでいえば、カメラさえ持ち歩いておけば辺り一面が被写体になる。僕にはこのカメラの一面も構えることなくとてもリラックスして向き合えて、心底カメラに出会えてよかったなと思っている。そうして日々を楽にユニークなものにしてくれたカメラたちだから、なかなか所有カメラをどれも手放せずにいる笑。けれど、たまにいつもと違うカメラを持ち出してこうしてブログにそのカメラのある暮らしの気分みたいなものを綴るのもまた僕自身の気分転換や癒しになる。そんなことを感じながら、コツコツとだけど難しくないカメラのブログを書いている。

朝のファインダーの中は生命力に満ちている。

Nikon Df, Auto 50/1.4

連休2日目の朝は、Nikon DfにAuto Nikkor 50/1.4をつけて散歩カメラしてきた。Dfはいつものおなじみのボディだけど、Auto 50/1.4は久しぶりかな。いつもはNikon F2につけていることが多いオールドニッコールだ。

Nikon Df, Auto 50/1.4
Nikon Df, Auto 50/1.4
Nikon Df, Auto 50/1.4

感度は400、陽射しがすでに強かったから少し絞ってf値は2〜2.8くらいで撮り始めた。それにしても朝のファインダーの中のまぶしさは素晴らしい。愛犬との散歩があるから早朝にカメラを持ち出しているのもあるけど、僕は朝のファインダーの中の世界が好きだ。理屈抜きに好きだ。

Nikon Df, Auto 50/1.4
Nikon Df, Auto 50/1.4
Nikon Df, Auto 50/1.4

朝の散歩道の木々や緑たちは、いかにも朝の呼吸を始めたエネルギーが充満している感じで、そこに太陽の光が降り注ぎ、光合成つまり酸素を大量に作り出し発散している感じがファインダー越しに伝わってくる。

Nikon Df, Auto 50/1.4
Nikon Df, Auto 50/1.4
Nikon Df, Auto 50/1.4

辺りに人が少ないのも、一眼レフでじっくりシューティングするにはいい。風の音とか、大地を踏み鳴らす音に混じって、少し硬質なシャッター音が空気を少し切り裂く感じもいい。できればもっと撮り続けたいところだけど、ジリジリと容赦なく照りつける陽射しに、早めに家に帰りつく。午前8時半、もう太陽は途轍もなくエネルギーを発散し始めた。さて、始動だ。

究極の一台というなら、Nikon Dfと標準ズーム43-86/3.5でどうだろう。

Nikon Df, 43-86/3.5

これはさすがにちょっと言い過ぎだけど笑。でも考えてみると、往年のデザインや所作が楽しめて、かつメンテナンスも安心な現行フルサイズ一眼レフで、そこにオールドニッコールが楽しめるんだったらMFの標準ズームを一本だけ持つというのは、究極の一台のお手本のような機材の組み合わせかもしれない。どうだろう。

Nikon Df, 43-86/3.5
Nikon Df, 43-86/3.5

ふだんDfにはAF単焦点をつけていることが多い。50/1.8Gとか50/1.4Dとか。やんちゃな愛犬との散歩の時でも片手で撮れるからね。でも、今日みたいに僕ひとりだけで撮り歩ける時なら断然MFのオールドレンズ がいい。しかも43-86/3.5が一本あれば、50/3.5と75/3.5の散歩用レンズ2本を持ち歩いてるのに値するからね。

Nikon Df, 43-86/3.5
Nikon Df, 43-86/3.5
Nikon Df, 43-86/3.5

43-86/3.5のことは過去にブログに書いてるんで興味のある人はそちらをのぞいてもらうとして、今日のところはその撮れ味みたいなことについて。ここにあげてる写真はほぼ絞り開放f3.5付近で撮っているんだけど、なかなかどうしてキリリとした描写でちょっと驚く。

Nikon Df, 43-86/3.5
Nikon Df, 43-86/3.5
Nikon Df, 43-86/3.5

これが40年以上前のレンズだというのがちょっと信じられないレベルというかね。でも考えてみると、f3.5のこういうしっかりとした描写で思い起こすのはライカのレンズElmar 50/3.5の写り。当時、Leica M3というとんでもないクオリティのカメラが発表されたことでレンジファインダーの開発を諦めて一眼レフへと移行したと言われる日本のカメラ産業だけど、カメラの技術競争でいえばあのライカとガチンコで戦っていたわけで、写りが悪いわけがない。それを思うと、この写りの良さはジャパンクオリティの結晶だとも言える。

Nikon Df, 43-86/3.5
Nikon Df, 43-86/3.5

さらに素晴らしいのは、これが国産初の標準ズームレンズであったこと。標準ズームだからなるべく低コストで軽量なものを多くのNikon一眼レフユーザーに提供したいと開発されたと言われ、当時もそれほど高価なレンズではなかったはず。そして、現在なら数千円でこのレンズを手に入れることができる。フィルムニコンで撮るも良し、そしてDfみたいにデジタルニコンで撮るも良し、一本持っておきたい“万能究極の一本”と言えるのではないだろうか。ひそかに僕のイチオシです。

Nikon Dfは古くならないのがいい、フィルムカメラのようにね。

Nikon Df, Ai AF 50/1.4D

Nikon Dfって2013年発売だから、もう5年も前の製品なんだね。僕はD850発売で世の中が沸いてる時に、物好きというか何というか新品でDfを購入したから、まだ使用期間はそれほど長くない。でも、いまのデジカメの世界で5年前といえばひと昔前の製品ともいえるわけで、実際搭載しているセンサーはひと世代前のフラッグシップ機D4と同じものだから、まあ古いといえば古い。けれど、そんなことを超越してるのがDfかもしれない。

このクラシックな佇まいはまさに往年のフィルムカメラのようで、フィルムカメラ同様、もうこれ以上古くさくなりようがない笑。しかも、Dfの後継機種もこのご時世、とうやら登場しそうにもないから、現行機種という意味でも今のところ古くなりようがない。まあ古くなりようがないといっても、電子基板をふんだんに使ったデジカメだから、機械式ニコンのFM2やF2のように修理すればいつまでも使えるというわけにはいかない。でもこの調子でいけばあと5年くらいは余裕で使えるんじゃないかと思う。そうすると最初の発売時に購入した人なら10年の使用になるわけで、それだけ長期間使えたらデジカメとしてはかなり優秀なんじゃないかな。

Nikon Dfなら手持ちのフィルムニコン用のオールドレンズは使えるし、現行のGレンズまでなら普通のフルサイズデジタル一眼レフとしても普通に使える。動画機能はついていないけど、まああっても使わないし、Nikonフルサイズ機の中では最軽量モデルというのも使い勝手としてはかなりいい。見た目はマニアックに見えるかもしれないけど、Nikonでいちばん汎用性の高いバランスのとれた一台でもあるんだよね。シャッターフィーリングもよくて実は名機といっていい究極の一台。古びず、時空を超えて楽しめるDf。僕ならこれ一台であらゆるシーンを楽しめるデジタルフルサイズ機としてぜひおすすめするなあ。

ちょっと思ったんだけど、レンズキットって「単焦点」にすればいいんじゃないかと。

Nikon Df, Ai AF 50/1.4D

考えてみると、僕がこれだけカメラにハマった要因は「単焦点レンズ」にもあるんじゃないかと。さっきのブログ記事にも書いたけど、僕が初めて本格的カメラ Nikon D5300を手にしたのは、知人らが奥の深い写真をSNSにアップしてるのが気になり始めたから。

それはいま思うとボケの美しさや光のすくいとり方が絶妙な写真たち。少しネットで調べてみると、どうもそれらは一眼レフで撮るといいらしく、それも単焦点といわれるレンズで撮るのがいいらしいとわかってくる。で、僕はNikon D5300を買う時に標準レンズである18-140のズームレンズと50/1.8Gの単焦点レンズも一緒に買ったんだよね。

で、初めて週末にD5300を持ち出して愛犬と散歩へ出かけたんだけど、なにげない木の枝をこの単焦点レンズで撮ってモニターで確認した時の驚きは今も忘れない。そう、この時から僕のメインレンズは単焦点レンズになった。ズームレンズはあくまでサブ、メインは単焦点レンズという僕の中のカメラ観がこの時できたんだ。

ズームレンズは便利で写真撮影の幅も広げてくれるけど、カメラ本来の軽快さや写りのキレでいえば、やっぱりシンプルでレンズの原型ともいえる単焦点レンズのほうが際立つものがある。軽いレンズならカメラを持ち出すのも楽になるし、固定の焦点距離なら画角の感覚を覚えるのにもいい。なにより、じぶんの足がズームになって一歩踏み込んで撮る感覚は、カメラの楽しさの最大の醍醐味かもしれない。

スマホカメラではなくて、本格的カメラの楽しさや魅力を伝えるなら、メーカーが設定するレンズキットも「単焦点レンズ」にしたほうが、絶対カメラにハマる人の率が上がると思うんだけど、どうだろう。ちなみにNikon Dfのレンズキットは50/1.8G(オールドニッコールをモチーフにしたSpecial Edition)なんだよね。他のカメラのことはよく分からないけど、大抵は標準レンズといわれるズームレンズがレンズキットに設定されているんじゃないだろうか。

カメラを買う時には誰でも心も踊って、買ってからは家族写真を撮ったりしてハマるわけだけど、そのうち大きな一眼レフなんかを持ち歩くのが億劫になって、だんだんとカメラから離れていく人も少なくない。だとしたら少しでもコンパクトで軽快な単焦点レンズなら持ち出す機会を増やすかもしれないし、なにより単焦点レンズの美しい描写なら濃いカメラファンをもっと増やせると思うんだ。

なにげない道端の写真でも、ハッとする描写を見せてくらるのは、やはりレンズの性能を研ぎ澄ました単焦点レンズの魅力。ぜひ、カメラメーカーさんにはレンズキットとして単焦点レンズを安くカメラビギナーのみんなへ提供してほしいな。絶対、カメラ市場を活気づける要素になると思う。