43-86、いい具合に周辺減光してくれてる。

この前、Nikon Dfで周辺減光させたい云々の記事を書いたんだけど、その続きみたいなもの。DfにAiや非Aiのオールドニッコールをつけて撮影する際に周辺減光させたいからヴィネットコントロール機能をOFFにしたりしてると書いたんだけど、それを見たTwitterフォロワーさんから電子接点のないオールドニッコールだとヴィネットコントロール判断が効かなくないですか?とアドバイスをもらい、なるほどと。そういえば、ネット上の記事でDレンズやGレンズで周辺減光させるなら…みたいなレンズを限定した記事だったような気がするなと。そっかあ、あえて周辺減光させたい願望は無理なのかなと思ったんだけど、同じくそのフォロワーさんから、”でも43-86とかは適度に周辺減光していいですよねー”といったニュアンスの追記をもらっていろいろ試した結果、そう、この写真のようにしっかり周辺減光してくれた。

カメラに詳しくなくてアレなんだけど、たしかこの写真の時はズームを最大の86mmにして絞りも開放気味だった気がするんだけど、そのあたりだと周辺減光しやすいのかな。すべての写真が周辺減光してるわけじゃなかったから(どれもわずかには周辺減光してるのかな)、そこは周辺減光しやすいポジションがあるんだろうね。もうちょいいろいろ調べてみよう。そうやって考えてみると、僕がフィルムカメラやオールドレンズを好むのは、この周辺減光しやすい質感というのもあるのかな。たしかにカメラを始める前にiPhoneで撮ってた時もLOMOアプリとかやっぱり好きだった。基本、ノスタルジックな質感が好きなんだろうな、僕は。じぶんがいちばん不思議だったりするから、じぶんの好みの本質みたいなものは、実はじぶんではよく分かっていないんだよね。もっと、じぶんを探求しなくては:)

カメラはやっぱりおもしろい。フィルムでもデジタルでもね。

こうして見るとカメラはほんと人みたいだな。今朝は台風明けの三連休最終日、朝から太陽が顔をのぞかせたんで、愛犬と散歩をすませた後、ひとりF2を持って散歩カメラに出た。休みの日の早朝の住宅地はとにかく静かで僕は好きだ。朝晩の斜めにさす太陽光も好きだ。

レンズは少し前に手に入れた28mm、フィルムは入りっぱなしのイルフォードXP2。しばらく撮り歩いて思ったのは、あれ?広いなあ28mm、広すぎる、ということ。といっても僕は28mmビギナーではなくて、過去2年ほどRICOH GRで広角28mmを撮りまくってきたわけで、どちらかというと28mm好きなはずだ。でも、GRの背面モニターで見る28mmと一眼レフのファインダーで見る28mmは全然違うんだよね、感覚が。

まあ撮り歩いた場所が住宅街で、広角で撮るようなシチュエーションじゃないこともあるんだけど、こりゃレンズの選択を間違えたと思った笑。でもこれも学び。カメラやレンズを買うことが沼なんじゃなくて、このカメラや写真の奥深さが沼なんだなとあらためて思う。ま、その奥深さがカメラをまったく飽きさせない魅力なんだけどね。そんなこんなでF2に28mm、35mm、50mmを装着して撮り比べてみたじぶんの感覚としては、ふだんの散歩カメラとしてはAuto Nikkor 50/f1.4を常用にしようかなと。あ、そうだ、まだF2でズーム43-86mmを試してなかったか。それはまた次週の楽しみということで。

今日も雨なので、Df×43-86の写真を整理してみる。

今週手に入れたNikonの国産初の標準ズームレンズ Zoom Nikkor 43-86mm/f3.5 Aiを、フルサイズデジタル一眼レフNikon Dfに装着して昨日試し撮りしたんで、その写真を少し載せておこうかなと。天気は台風前のあいにくの曇天だったけど、ひとまず雨があがったのは写真の神様のおかげだろう。

最初は感度100のマニュアルで撮り始めたけど、夕方の曇天で開放F値が3.5の43-86だと少し辛いので、感度400から1600まで徐々に上げながら撮ってゆく。じぶんの中で感度の上限を1600にしているのは、フィルムだとNatura 1600が上限だよなあというのがある。ちなみにAPS-Cデジタル一眼レフNikon D300を手に入れたのも実用感度1600が上限だったから。僕の場合はフィルムとデジタルをシームレスに楽しみたいから、レンズも感度も感覚はほぼ同じで使ってる。デジタルの恩恵をありがたく思うのはシャッタースピードが稼げることかな。それでもDfはssが1/4000秒までと控えめなスペックだから、1/2000秒までいけるフィルム一眼レフNikon F2とそれほど大きく変わるわけではない。

で、43-86だけど、とにかくコンパクトで軽量なのがいい。どうかしたらMF単焦点の標準や広角レンズとそう変わらない感覚で装着できる。その分シンプルな作りで写りのほうはそれほど期待できない…みたいな記事をネットで見かけたけど、僕程度の腕前の普通のスナップ写真なら全然OKな写りだなと思った。

このレンズは時代的にいわゆる直進ズームと呼ばれるもので、ズームを動かす時はズームレンズを前後に伸ばす。そして縛り輪とピントをまわすんだけど、これもやってみると直感的で自然にできる。僕はこのあたりにまったく古さは感じなかったな。

僕はいつもは28mm、35mm、50mmの単焦点が多いから、43-86mmもなんとなくズームであることを忘れてしばらく43mm付近ばかりで撮ってたんだけど、あっそっか!ズームだった!と86mmまでそろりそろり伸ばして撮るみたいなね笑。それでも、こうして思いたった瞬間にズームできるというのはやっぱりなかなか便利だなと。

モノクロームでも撮ってみたけど、考えてみるとこの時代、昭和38年登場のレンズならモノクロームのほうが相性はいいのかもね。僕のはAi仕様にされた比較的後期型の43-86だと思うけど、それでもモノクロームのほうがこのレンズは締まりがいい気がした。デジタルだと僕の写真がどうしてもアンダー気味になるところが大きく影響している気もするけど笑。

というわけでまずは43-86の試し撮りをしてみたけど、今度は晴れた日の朝夕にフィルムカメラのNikon F2とFEに装着して撮ってみたいな。なにはともあれ、こうしてフィルム時代のオールドニッコールたちを、デジタルとフィルムを意識せずに使えるのはほんと楽しい。オールドレンズなら入手価格もそれほど高くないしね。それでいて、半世紀ほど前の時代に想いを馳せながら写真が楽しめるんだから、これは楽しまない手はないと僕は思う。僕にとってオールドレンズたちとの出会いは、レンズ沼じゃなくてレンズ愛なんだよね。

雨の日は、部屋でカメラとレンズと妄想と。

台風の前ぶれか、外は少し強めの風と霧のような雨が混じる天気。早めに愛犬の散歩に出て、朝食パンを買って、観念したようにおとなしく部屋でカメラたちと戯れている。写真は昨夜届いたヨンサンハチロクをNikon Dfに装着してみたところ。なかなか精悍な佇まいだ。オールドレンズは楽しい。気がつくと僕もいくつかのオールドレンズを所有するに至る。50mmがAutoとAiの二本、あとは28mm、35mm、そしてこの43-86mm。これだけあればその日によってレンズを変えて気分を変えるという楽しみも十分味わえる。もちろん、外へ出て散歩カメラしながら写欲を満たすのがいちばんだけど、こうしてあいにくの天気の日は、部屋でカメラとレンズを眺めては妄想を繰り返す。撮る場所、露出、その時の風や匂い。まあ、それだけである程度心が満たされるんだから幸福なこと。フィルムカメラにデジタル一眼レフ、そしてオールドレンズを部屋にひろげて、さあ、妄想というイメージの中でどこに撮りに出かけようか。

ヨンサンハチロクがやって来たヤァ!ヤァ!ヤァ!

ビートルズの映画邦題を真似て申し訳ない。でもそれくらい嬉しいのである。なかなかお店で巡り会えなかったヨンサンハチロク、思いきってオークションで注文していたものが三連休を前に金曜夜に届いたのである。

フィルムニコンを所有する人にはおなじみだと思うけど、そうじゃない人は「は?ヨンサンハチロクって何?」という感じかな。そう、この写真のレンズのことで、フィルム時代のNikonが作った国産初の標準ズームレンズで、焦点距離が43-86mmというちょっと変わった数値だから、ヨンサンハチロクと愛着を込めてみんなに呼ばれている。ここ数日、偶然にもTwitterのファロワーさんの中にもヨンサンハチロクを手に入れられた方々がいて、このレンズの特徴なんかをツイートしてくれていたから、それもリンクで載せておきます:)

このレンズの誕生は1963年、昭和38年と僕よりより年上の年季の入ったレンズ。なんといっても見た目の特長は、このヒゲ?と呼ばれるカラフルなラインだろう。正直、独特の焦点距離以上にこのデザインに惹かれたところも大きい。詳しい特長はリンクを読んでもらうとして、ざっと読むに、とにかくコストを抑えて軽量で作られたレンズらしく、手に持った感触もMF単焦点レンズと変わらない軽量感で、期待した通りの身軽さだ。僕が手に入れたものはAiタイプなんで、手持ちのフィルムカメラNikon F2やFEはもちろん、デジタル一眼レフのNikon Dfでも簡単に使うことができる。ふだん僕はフィルムでもデジタルでも単焦点レンズばかり使っていて、望遠レンズはAF70-210mmを持ってはいるんだけど、もっと手軽に持ち出せるズームレンズが一本欲しくて、少し前からネットなんかで人気のズームレンズの情報を探していたんだよね。そこで目についたのがこのヨンサンハチロクだった。

まあコストを抑えたシンプルなズームレンズということで、写りのほうは特に名玉というわけではなさそうだけど、その控えめな性能と愛らしいフォルムでニコンユーザーたちには愛されてるところがあって、僕も同じくヨンサンハチロクがとても愛おしく思えた。でもふだんよく行くカメラ屋ではなかなか巡り会えなくて、ちょっと不安ではあったけどオークションで手に入れたわけである。週末に試し撮りしてみないと何とも言えないけど、ひとまず届いたレンズはなかなか程度もよくて、ヘリコイドもしっかりとした感触。いくつかあった出品モノの中から入札ものではなくて、少し高めの即決価格ものにして正解だったかもとひとまず取引にホッとしている。作例はまた今後のブログの中で追い追い紹介するということで。それにしても、オールドレンズはやっぱりいいなあ。当時の開発者たちの夢が詰まってる感じがして、手にするだけでもワクワクする。想像以上の写りだと嬉しいなという思いはあるけど、半世紀以上前のレンズをこうして安価で手にすることができる感慨だけでも、僕はとても意味があることなんじゃないかと思ってる。

明日から台風接近というニュースも気にはなるけど、三連休前にこうして念願のレンズが届いたわけだから、写真の神様は台風すらも進路をずらしてくれるんじゃないかと密かな期待をしている笑。撮る前のブログなんでなんだか性能説明や作例紹介もなく、気分だけの記事になってしまったけど、まあそれくらい嬉しくて思わずブログを書いたということで、ヤァ!ヤァ!ヤァ!

Nikon DfとMF単焦点レンズの組み合わせには、時空を超えた楽しみがある。

今朝はずっと気になっていたズームレンズ43-86mm/f3.5〈通称ヨンサンハチロク〉をヤフオクで注文し、届くのが楽しみなんだけど、僕がふだん好んで使っているのはMF単焦点レンズたち。Auto Nikkor 50m/f1.4、Ai Nikkorが28mm/F2.8、35mm/F2.8、50mm/f1.8の計4本だ。大体各ボディに付けっ放しで、Nikon FEには50mm/f1.8、Nikon F2には28mm/f2.8(またはAuto 50mm/f1.4)、そしてデジタルのNikon Dfには35mm/F2.8が今のところの好きなパターン。そこに85mmの中望遠までカバーできる43-86が加わるカタチだ。

焦点距離としてはそんなレパートリーたけど、なかでも最近手に入れたNikon DfとAi 35mm/F2.8の組み合わせがおもしろい。先週末に初めて本格的に外へ連れ出したDfには、以前同じ場所をF2で撮影した時に装着していた35mmを比較の意味でもと思いDfに装着してみたんだけど、画角はもちろんだけど、とにかくMF単焦点レンズとDfの相性のよさに魅了された。方や半世紀前のレンズたちと、現行フルサイズモデルであるボディの組み合わせ。そこには半世紀の時空を超えた絶妙のマッチング感が存在して、なんというか不思議な気持ちになった。古さ新しさが同居するこの独特の感触は、往年のフィルムカメラたちで撮る楽しさとはまた別の高揚感があるんだ。

半世紀前、今となってはオールドニッコールと呼ばれるレンズたちを開発したNikonの技術者たちは、半世紀後もこうして最新のNikonボディに使われることをイメージしていたんだろうか。その写りは少なくとも僕の目には見劣りするものではなく、現代のカメラシーンにむしろ味わいという風を吹き込んでくれていて、開発当時の匠たちはきっと、いや絶対、50年後も使い続けられるレンズを夢見てこうしたレンズたちを世に送り出したんだろうなと今は強く思う。そのかつての技術者たちからバトンを受けるように現代にNikon Dfを送り出した現開発者たちもまたあっぱれだ。FUJI FILMのミラーレス機なんかではフィルムライクなフォルムのカメラは存在するけど、デジタル一眼レフでそれをやってのけたことは、少なくとも僕のような人間から見ると賞賛に値する行動なんだよね。Nikonとはこういう姿勢の企業です、ということを無言で激しく訴えてくる、そんな迫力であり覚悟を感じる。

そして気のせいか、Dfとオールドニッコールたちで撮った写真は、デジタルの精密さを持ちつつも、どこかフィルム写真っぽく仕上がる印象を強く受けている。それこそが古くもない、新しくもない、Df特有の何かを描き出しているように思える。Dfは古くからNikkorレンズを楽しむ人たちがそのオマージュ的に購入しているのが大半だと思うけど、この独特の世界はぜひこれまでNikonに縁のなかった人たちにも体験してほしい。ボディはフルサイズだけに少々値がはるけど、MFレンズたちは比較的手に入れやすい価格で入手できる。この現代に蘇ったフィルムとデジタルのハイブリッドは、まさに文字通り混血ならではの新鮮さを撮り手に強く語りかけてくると思う。ちょっと写真観が変わるような軽い衝撃を感じずにはいられないインパクトを持ってしてね。

まあでも僕は単焦点のほうが好きかな。シンプルで美しい。

日曜日の午後、少しだけNikon D300+18-200mmを連れ出して散歩カメラしてきた。昨日はNikon Dfを持ち出したから、今日は気分を変えてというのと、僕はカメラは適度に使ってあげるのが最高のメンテナンスだと思ってるから、それも理由のひとつ。あと、もうすぐ息子の運動会もあるから、ズーム慣れしておこうというのもあってD300とズームレンズに触っておきたかった。

暗所に弱いといわれるD300だけど、昼間は10年前のカメラとは思えない高性能さを感じさせる。特にシャッターフィーリングはDfに勝るんじゃないかというくらい気持ちいい。ひとつ難点をあげるとするなら、重さかな。フィルムカメラ慣れした僕にはD300の重さはかなり疲労に直結する。D300に望遠ズームレンズをつけると1kgは超えるんだろうか、かなり首にずっしりくる。今週末は最新機種のNikon D850の発売でTwitterなんかも実に賑やかだけど、ボディたけで1kgを超えるその重さは、僕にはちょっとないなあというのが正直な感想。どこをとってもハイスペックなその機能も、僕のような撮り方のアマチュアにはほぼほぼ使い切れないし、手に余る。そうやって考えてもNikonのフルサイズ最軽量Dfを選んだのは僕的には正解だったと思う。

D300の話だけど、D300というより望遠レンズがその重さゆえに軽快感を奪うところがあって、”あゝ僕はやっぱり単焦点レンズがいいなあ”とあらためて思った。それもマニュアルフォーカスで、明るすぎないコンパクトなF値の単焦点レンズ。まず軽量というのがいちばんだし、ズームがない分だけ画角決めやその思考もとにかくシンプルだ。それは写真を撮るうえではとても大きなことで、頭の中に画角のイメージがわきやすいし、足を使って撮り回る行動プロセスが僕には気持ちいい。あと、レンズの構成もシンプルな分、写りのほうもやっぱり研ぎ澄まされた美しさがある気がする。僕の所有する単焦点レンズはすべてフィルム時代のマニュアル仕様でオールドレンズ世代だけど、現代のデジイチに装着しても驚くほど美しい写真を僕に見せてくれる。これはもうカメラやレンズに限らず世の中の万物がすべてそうだけど、シンプルであればあるほど享受できるものは美しい。僕はそう思う。赤城さんの本”ズームレンズは捨てなさい”じゃないけど、レンズはやっぱり単焦点が撮る行為も、あがる写真もいいなあと思えるんだけど、みんなはどうだろう。

ズームレンズ、なかでも僕が所有するDXフォーマット用の高倍率ズームは、広角から望遠まで一本で事足りて便利ではあるんだけど、活躍の場は息子のスポーツシーンの撮影あたりが主で、それ以外はやっぱり単焦点で撮ることが僕のスタンダードになるだろうなあ。そういえば、そのDX用のレンズだけどフルサイズのDfにもしっかり使える。フィインダーの中の画角は35mmより狭い画角フレームでの撮影にはなるけど、万一Dfに望遠をつけたい時でも使い回せるのはいいよね。不変のFマウントの恩恵とか思想はこういうところにも地味に気配りが行き届いていて、Nikonユーザーとしてはとてもうれしい。昔はズームレンズもひところハマったけど、いまあらためて僕は単焦点レンズの呼吸のほうが好きだな。世の中いろんなものが便利になっていくけど、カメラやレンズについては不便で構成もシンプルなもののほうが、撮り甲斐があるし写真の仕上がりも美しい。もうカメラやレンズは増やさないでおこうと思ってるけど、一本だけ単焦点の望遠レンズというのはアリかもしれないな。今日もいくつか新しい気づきみたいなものがあった。カメラはその奥深さも含めてやっぱり楽しい。

きょうで僕の中ではフィルムとデジタルの境目は無くなった気がする。

先週手に入れたNikon DfにAiレンズをつけて、ようやく落ち着いて試し撮りに出かけてきた。デジタルだからたくさん撮りすぎたところはあるけど、あることを確かめながら撮っていた。それは、Dfをマニュアルで撮ることで、僕の中のフィルムとデジタルの境目を忘れるというか、意識しないで撮れるかということ。何枚も何枚も撮ってみて、それは妄想から確信になった。そう、はっきりと僕の意識の中でフィルムとデジタルの境目を無くすことができた日になった。それもこれも僕にとってはこのNikon Dfというカメラのおかげ。

もちろん、写真のできというか質感はフィルムとデジタルとでは異なるのも事実。だけど、その違いも含めて「写真を撮ること」というひとつの括りの中で捉えることが、きょう、できるようになった気がするんだ。フィルム派とかデジタル派とかそういう境目なんかさして問題ではなくて、それは何種類かのカメラをその日の気分で持ち替えるように自然とフィルムやデジタルをその日の気分で替える、その程度のこと。そんなニュートラルな心持ちになれた気がする。

僕は写真保管庫としてInstagramを使っているけど、ここのところずっとフィルムの写真ばかりあげてきたけど、きょうからはデジタルの写真も混ざるようになった。ここでも特にフィルムとかデジタルとか意識しない。写真という一括りのジャンルの中でこれからはポストしていこうと思う。

思えば一度はデジイチをすべて手放して、その後フィルムと出会ってからは、僕はこれからの人生ずっとフィルムなんだろうなとおぼろげながら感じていたけど、こうしてまたデジタルと再会する日が来て、ついにはフィルムとデジタルの境目も無くなった。それもこれも、マニュアルライクに写真を撮るという”カメラとの共同作業で写真を撮るたのしみ”を体験したからだと思う。そして、それをデジタルでも具現化してくれたNikonのDfというカメラは、なかなか大したものだと思っている。NikonさんGJだよ、ほんとうに。というわけで、ささやかではあるけど、僕の中では今日という日はけっこうターニングポイントになった日。フィルムとデジタルの境目が無くなったノーボーダーの日としてね。

FEとDfはやっぱり似てる。眺めるというのも大事な性能。

写真左は1978年に登場した40年前のフィルム一眼レフNikon FE、そして写真右は今週手に入れた現行デジタル一眼レフNikon Df。こうして見るとペンタ部のデザインはFE/FMシリーズをまさに再現していて、Dfが単にレトロなフォルムなのではなく、はっきりとフィルム時代の機種のオマージュであることがわかる。僕はブラックボディを選んだけど、Dfユーザーの多くの人がシルバーボディを選ぶ気持ちもよく分かる。やっぱりFE/FM当時の主力カラーだったシルバーを彷彿すること、そして軍艦部のダイヤルがいかにもシルバーのほうが艶めかしいからだろう。僕の場合はFEを二台持っていて、シルバー/ブラック両方とも愛着があるから、Dfについては個体のシブさに魅せられてブラックボディを選んだ。

カメラは道具で、主役は目の前の被写体であり写真だろう。でも、Nikon機は少し違う。少なくとも僕の場合はそうで、こうしてカメラをただ眺めたり、写真におさめたり、手に持ち空シャッターをきって過ごす時間も少なくない。Nikon機とはそういうプロダクトとしての愛着がライカ並みにあるカメラなんじゃないだろうか。これは僕の偏見かもしれないけど、例えばNikonユーザーとCanonユーザーとでいえば、Nikonユーザーはカメラ好きな人が多くて、Canonユーザーは写真好きな人が多いように思うけどどうだろう。肌感としてはけっこう当てはまってる気がするけど。

きょうはNikon D850発売日で、Twitterなんかを見ていると早速多くの人が購入していて今週末はD850祭りの様相だけど、僕のほうはDfを手に入れて初めての週末ということで”ひとりDf祭り”の予定笑。いまさらなんでDfなんだよと言われそうだけど、始めて手にしたフィルムカメラがNikon FEだった僕にしてみれば、そのオマージュであるDfで、しかもFEやF2と同じオールドニッコールのレンズを使うDfというカメラはやっぱり特別なんだな。というわけで金曜日のお昼、まだ東京にいるんだけど、今夜のうちには福岡に戻って、この週末をDfとゆっくり過ごしてみたいと考えている。さて、仕事のほうをもうひと頑張りだ。

写真関連のTwitterを始めるまで、こんな写真やカメラを愛する人たちの世界が存在していることを想像したこともなかった。

正確にいうとTwitterはブログ用のアカウントだから、ブログを始めるまで…のほうが正解かもしれないけど、とにかく写真やカメラを通した目でブログ用のTwitterアカウントを立ち上げて以来、僕は本当に日々驚いているというか、そういう世界との遭遇に感謝している。

だって、こんなにフィルムカメラやってる濃い人たち、しかも一般の人たちがいると思わなかったし(事実、街中では見かけた記憶がない)、それも何十台もコレクションしてる人もウジャウジャいるし、そうかと思えばこのカメラ一筋とか、カメラなんてなんだっていいんだよ腕だよみたいな人もいて、それはそれはカメラ愛もいろいろ。いずれにしてもその懲りようはちょっと尋常じゃないし、じぶんで現像したりカメラを分解して直したりとか、こんな感じはもう普通に生きてたら想像できっこない世界だから。

ライカなんで裕福なおじいちゃんが人知れず持ってるもんだくらいに思ってたら、若い人たちもたくさん持ってたり、百万円もするようなデジタルのライカを一般人がふだんの街撮りスナップに持ち歩いてたり、いやもうほんと普通の人はそんなの見聞きしたら驚愕だから笑。デジタルやってる人たちもいわゆる”沼”というのをなんだか面白がってるのかというくらい人生かけてズブズブにハマって楽しんでいたり、そんな姿にカメラ界の人たちが気さくにツイートで声かけたりね。これはもうTwitterでその世界に首を突っ込んでみて初めて知ることになる驚愕の事実なんだよね。

そんな人たちに比べると、僕はまだまだ全然沼にはハマっていないし、多分これからもそんな域までは到達しようがないけど、カメラ雑誌なんかには載っていないカメラライフやリアルな喜び、悩み、希望みたいなものはこれからもTwitter界隈でいろいろウォッチして参考にしていきたいと思ってる。そして、僕と同じようにカメラを始めたてとか、これからカメラを始めようとしている人たちに、このブログやツイートがなんらかのきっかけ(僕じゃなくてすごい世界の人たちを知るきっかけ)になって、結果としてカメラでもっと盛り上がったり、まわりの誰かにフィルムとかが伝染していくと素敵だし、おもしろいよなと思う。なんにしても、みんなほんと素敵。カメラを、写真を愛する人たちは、ちょっとクレージーで素敵な人たちだよ。