「1つのボディに、1つの決めレンズ」という考え方について。

Leica M3, Summicron 50/2 1st

さっきTwitterにポストした「1つのボディに、1つの決めレンズ」という考え方について、その中身を少しブログに書いておこうと思います。もともと、そういうことを考えたというか、意識し始めたのは、やっぱり「交換レンズを揃え始めたらキリがないから」というのがあって、もしかしたら同じような考え方の人もいるんじゃないかなと思って。

僕の場合をまずざっと挙げてみると、なんといっても代表的なのは「バルナックLeica IIIaに、Elmar 50/3.5」。もうほぼ100%つけっぱなし。Lマウントレンズは他にJupiter-8やIndustarもあるけど、それらはバルナックにつけるというよりは、オールドレンズ用ボディのFujifilm X-E2用。僕にとってバルナックで撮るということは「エルマーで撮る」ということになる。

次は「Leica M3には、Summicron 50/2 1st」。M3を手に入れた頃はCarl Zeiss Planar T*2/50 ZMをつけていたけど、M3が登場した当時の写りをレンズでも再現したいと思い、M3の代名詞でもあるズミクロン の最初期のものを使うようになった。少しこだわったといえば固定銅鏡にしたということ。これはエルマーで沈胴式の使いづらさみたいなものを感じていたのと、ルックスの好みで固定銅鏡をチョイスした。このブログの写真がその組み合わせ。

あとは、「Leica M-P typ240には、Summilux 50/1.4 2nd」。これは、なんというかM型ライカを手に入れる時からいずれズミルックスをつけたいという思いがあって、しかも全身ブラックと決めていた。僕のM-Pはライカの赤バッジがなく、しかもほぼ全体が真っ黒。それを選んだのは街中スナップでとにかく目立たないため。だから、レンズも真っ黒であることが前提だった。なるべく最初期のズミルックスで真っ黒ということになると第二世代のものになる。たまにズミクロンやエルマー、広角のMロッコールも楽しんでるけど、基本はズミルックスとの組み合わせがM-Pのベースになっている。

他には「Bessa-Lには、Snapshot-Skopar 25/4」。これはもう必然というか、Bessa-Lが目測機なんで、自ずと広角なほうがピントが合わせやすい。もともとSnapshot-Skopar はBessa-L用に登場したのもあって、広角目測スナップをさらにやりやすくするように、ピントリングを見なくても手応えで距離がわかるように、リングに三箇所のクリック感もあるから、このへんの使いやすさもあって常用レンズになっている。

それ以外はざっと挙げると、「Nikon Dfには、専用デザインのAF-S Nikkor 50/1.8G」。「Nikon F6には、Ai AF 50/1.4D」。「OLYMPUS PEN-Fには、M.Zuiko digital ED 12/2」とかかな。単純にキットレンズを常用しているというところ。これは写りもさることながら「装着した時のデザイン性のよさ」が大きいかな。時に望遠レンズやズームレンズをつけることもあるけど、それはもう必然性のある時だけ。ふだんのスナップはほぼ単焦点レンズをつけっぱなしで楽しんでいる。

他にもあるけど、代表的なものを挙げると、こんなところ。まあ僕の場合は、レンズを変えて楽しんでるというよりは、ボディを持ち替えて楽しんでるところがあるかな。何やらレンズ代を抑えるために、ボディ代がかかっている気がしないでもないけど笑、でもレンズはほんと揃え始めるとキリがないから、じぶん的には「1つのボディに、1つの決めレンズ」というルールみたいなものを意識してカメラを楽しんでる。

そんなだから、いわゆるレンズ交換ができない固定レンズのカメラも好きかな。Konica C35やOLYMPUS PEN EE-2、Rolleiflex Standard、Kodak Retina typ117、あとデジタルだとLeica X2もそう。まさにボディを持ち替えることでいろんなレンズの描写を楽しんでる。そういえば以前、田中長徳さんがライカ本に書いてたけど、いちばん偉いライカは「レンズ交換という余計な雑念にとらわれずに済む、固定エルマーのライカA型」と言ってたのと、たしか「1つのボディには、1つのレンズがよろしい」というニュアンスのことを書いていた気がする。僕はなにかと長徳さんに影響を受けてるから、このボディとレンズの考え方も多少刷り込まれてるのかな。まあでも、おかげでボディ沼ではあるけどレンズ沼ではないようだ笑。

ライカよ、フィルムをよろしく。

Leica M3, Elmar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

今に始まったことじゃないけど、なにやらまたフィルム界隈の存続に懸念というか、重い空気が立ち込めている。当然ビジネスだから、フィルムの需要が落ちれば、その周辺ビジネスも連鎖的に落ちる。フィルムがある一定のブームであることは間違いないみたいだけど、かつての隆盛期と比べれば、それは焼け石に水的なことも否めないのだろう。

僕がデジカメを再開したのは、フィルムの未来への不安があったことも事実。それだけじゃないけど、やがてフィルムが使えなくなる日が来るとしたら、その時に同時にカメラをやめる日が来るのが寂しいというか、怖い気がして、なんとなくデジカメに手が伸びた、そんな記憶もどこかある。

けれど、以前にもブログに書いたことがあるんだけど、一方で「フィルムはこの世から決して無くならない」という楽観的な気持ちもどこかある。まったくもって根拠はないんだけど、カメラ産業の主というか拠り所でもあるライカ社が、なんとしてもフィルムを守るんじゃないかという期待だ。

ライカだってすっかりメイン商品はデジタルに移行している。機能的には先進的デジタル機器とは言い難いけど、M8の登場からしたらすっかりハイテクカメラへの進化を遂げた。フルサイズレンジファインダー機だけじゃなく、ミラーレス機やコンデジなどそのラインナップも多彩だ。ここに来てもう完全なる未来企業になったと言ってもいいだろう。けれど、彼らの根底には脈々とフィルムライカという資産であり宝が大きく存在し続けていると思う。

主力でありシンボリックなM型ライカの進化は、フィルムライカの確固たる地位を築いたM3を再現する、M3のフィーリングに近づけることの進化といっていいんじゃないだろうか。それはフィルムライカファンたちを離さないマーケティング上の戦略でもあるだろうけど、僕はカメラファン全体に対するライカからの約束のように思える。「我々はフィルム(ライカ)を忘れない」という約束。

仮にもしフィルム関連産業が今以上に不況にさらされ、フィルムの生産や現像そのものの産業が存続の危機に陥った時、ライカはイニシアチブをとってフィルムの生産や現像を存続させる手立てを世に指し示すんじゃないかという期待。グローバル規模でいえば決して大企業じゃないだろうから一社でフィルム環境を守るのは無理だろうけど、ライカが発起人的存在となって世界のフィルムファンたちとフィルム存続のネットワークを起動させるんじゃないかと。

妄想といえばその域でしかないけど、僕は何か凄くそこにひとつのイメージが浮かぶ。僕にとってのライカとは、高価なブランドではなくて、カメラとカメラの歴史を愛するカメラファンの代表のような位置付けであり存在。ライカと共に歩み、ライカと共にフィルムの火を消さない、そんな思いがどこかある。これは答えとかそういうもんじゃない。思いだ。だから強く思い続け、しぶとく、楽しくフィルムを使い続ける。それで歴史が動くことだってあるんじゃないかと考えている。

実は凄い、不変のMマウント。

Summicron 50/2 1st

不変の…といえばNikonのFマウントで言われるフレーズだけど、そのNikonもいよいよZマウントへと移行しようとしている。そうやって進化とともにマウントが変更されてるカメラとレンズの歴史を考えると、俄然ライカのMマウントの凄さが際立ってくる。

これまであまり考えたことがなかったんだけど、実は不変なのはMマウントのことなんじゃないかと。1954年のLeica M3の登場とともに世に生み出されたMマウント。以来、60年以上変わることなくMマウントは生き続け、これからもその歩みは止まる予兆は見られない。実際、僕のM型デジタルのMマウントレンズたちはフィルム機のLeica M3と併用してフル回転だ。Nikonがいよいよマウント変更の時代を迎えた今、俄然ライカのMマウントは貴重に思えるのだ。

エルマーズミクロンズミルックスに、Mロッコール。それでもってLMリングで容姿を歪に変えることなくスクリューマウントレンズの赤エルマー、ロシアンレンズのジュピター8やインダスター61、フォクトレンダーのスタップショット・スコパーも使える。これはもうライカ社に拍手を送らざるを得ないだろう。フルサイズミラーレスブームでオールドレンズ がさらに陽の目を見るてあろう昨今、たしかにマウントアダプターを介せば大抵のオールドレンズが現代のデジカメで使えるけど、そこは見た目のデザインからいっても、やはりアダプター無しで装着したほうが美しい。それは、マウント変更しないことは、不変の美を損なわないことも意味する。ライカがいいと思うのは、ブランド感がいいのではなくて、こうした不変の哲学がいいのだ。どうだろう。