きょうは一日、M型ライカの日だったな。ブライトフレームで切り取る日。

Leica M-P〈typ240〉, Leica M3

きのうKindleでライカ本を読んだからかな、きょうは朝の愛犬との散歩からM3を連れ出して、一度帰宅してからM-Pを足してから古い町並みを撮りに出かけ、夕方の愛犬との散歩もM-Pと。丸一日、M型ライカと過ごす日となった。

たまにあるんだよね、無性にブライトフレームをのぞいて撮りまくりたくなる瞬間が。それは同じライカでもバルナックやX2じゃなくてM型だし、一眼レフではなくてM型。M型ライカてしか得られない時間であり、撮影感覚。これは言葉で説明するのは少しむずかしい。

そうしていつも思うのは、M3というカメラの素晴らしさ。見た目以上にずしっとくる厳かな重さ。そのボディを手で包み込んだ時のなんともいえない本物感。1950年代に作られたとは思えない美しいファインダーの中の世界。M3で撮る世界は、デジタルライカのM-Pで撮る世界とまったく違和感がない。ちょっとフィルムカメラであることを忘れるくらいだ。

M3でフィルム3本をあっという間に撮り終えて、その後はM-Pで余韻を楽しんだ一日。緩やかな満足感に包まれてきょうが終わる。いい日だったな。さて、仕上げのRunへ出かけよう。

M-P typ240に外付けEVF、僕の想像以上に快適だった。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

三連休初日の朝、Leica X2用に手に入れた外付けEVFを初めてLeica M-Pに装着して散歩カメラへ出かけてみた。結論から言うと、僕の想像を超えてすっごくおもしろかった。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

何がおもしろかったんだろうと、ふと帰宅してブログを書きながら考えているわけだけど、ニュアンスでいえば「レンジファインダー機が一眼レフ機になったような感覚」かな。ふだんはレンジファインダーのとても明るくガラス素通しの世界を見てるんだけど、それがブラックアウトされた濃密なファインダー空間になる。そんな感じだ。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

レンジファインダーのあのファインダー体験も素晴らしいけど、このEVFをのぞく体験も実にワクワクした。実利的には、MFアシストでピントがあっている部分を赤く指し示してくれるから、すっかり老眼の僕にはありがたいのと笑、いわゆる撮れる絵がそのままファインダー内で確認できるのはRF機ではけっこう新鮮なこと。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

通常、レンジファインダーだと見える世界はあくまでガラス越しの景色であって、ボケ具合にしてもフレアの広がり方にしてもできあがりの写真の絵は想像するしかない。でもEVFだといわゆるできあがりの写真の絵が撮る時に確認できるから、このブログの写真たちのようにフレアを楽しんだ写真が撮れやすい。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

帰宅して写真を見ると、そういう光の取り込み方を楽しんだ写真が多かったから、知らず知らずのうちに僕はそこを楽しんでいたんだろうなと思った。レンジファインダーをそんな使い方するんであればミラーレスでいいんじゃないの?という声が聞こえてきそうだけど笑。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

まあそこは楽しみ方がひろがるということで、僕はレンジファインダー機に外付けEVFは全然アリだと思った。もともとコンデジLeica x2用に手に入れたEVF Olympus VF-2だから最初はM型デジタルで使う気はなかったんだけど、どうやらtyp240には使えるらしいと知って試してみたら、なるほどこれはアリだなと感じたので、ちょっと得した気分だ。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

今回連れ出したレンズは、Carl Zeiss Planar T*2/50ZM。いわゆる現代的コシナ製プラナーだけど、なかなか味わい深い描写をしてるれるレンズで僕のお気に入りのレンズのひとつだ。オールドレンズたちよりは現代的でクールな写りだけど、その透明感みたいなものはZMプラナー独特の世界。価格も手に入れやすいので、ぜひおすすめだ。

Leica M-P typ240, VF-2, Planar T*2/50ZM

もし外付けEVFの購入を迷われてる方がいれば、これは間違いなくアリだとお伝えしておきたい。ライカ純正のEVFはモノの出来以上にかなり高価だけど笑、中身は同じと言われるオリンパス製のこのVF-2なら1/3ほどの二万円ちょっとで新品を手に入れることができるのでおすすめだ。というわけで連休初日の朝はなかなか新鮮で気分のいいスタートとなった。やっぱりカメラは僕を幸福にしてくれる。

重くはなるけど、typ240のこの大型の電池の持ちは驚異的。

Leica M-P typ240の電池充電キット

前にも一度書いたかな。でもこの電池の長持ち具合はほんと驚異的で、電池充電するたびにいつも感心してる。ライカはこういう実用的なところに手を抜かないイメージが、僕の中ではこの電池のありようで明確になったくらいだから。

写真の電池を見てもらえると分かると思うんだけど、Nikon Dfの電池なんかと比べても2倍近く厚みがある感覚。当然その分重さも感じるんだけど、これ一つあればまず控えの電池を持ち歩くような心配はいらない。実際、僕は大抵のカメラは予備の電池を購入しているけど、Leica M-P typ240に関してはこれ一つだけ。これで普段は一週間程度は充電せずに使っている。いや、もっと長いかな。とにかく驚異的な長持ち具合なんだ。

ライカというカメラはなんといってもスナップシューター。街中なんかで撮る場合でも、次々と俊敏に移動しながら撮るその動きの中では、できれば電池交換はしたくない。そういう不安やストレスからこのライカの電池は解放してくれる。少し重くなったとしても電池交換の不安を払拭することをチョイスしたライカには僕は賞賛を与えたい。

実際にデジカメは機械式フィルムカメラと比べると、この充電というプロセスがなかなか面倒だったりする。もちろんフィルムカメラはフィルム交換というプロセスがスナップ中に発生するけど、それはそもそもフィルムで撮る時はスピードも少しおだやかというか、僕はフィルム交換自体は癒しの時間だと思っていて、ほどよい休息時間に使っている。

でもデジタルはもっと俊敏だ。俊敏さを要求するというか、そのためのデジタルみたいに思っているところがある。Nikon Dfなんかはまったり撮ることが多いけど、Leicaに限ってはまったりだったとしても空気のようにサッと撮りたいところがある。そういう撮り手のささやかな望みみたいなものをライカはうまくすくい取ってくれている気がする。このtyp240の大きな電池と比べると、Leica X2の電池は小ぶりだけど、それでも数日間使って思うのは、やはり電池の持ちが良さげだということ。デジカメにとって実は電池は最重要性能のひとつ。カメラ本体の性能の進化もだけど、僕は電池の進化もちょっと注目していきたいと思っている。

霧雨の今夕は、部屋で空シャッターを愉しむ。

Leica M-P typ240, Leica M3

昨夜、北部九州に特別警報をもたらした大雨は、その後中国地方や関西でも猛威を振るっているというニュースがいくつも飛び込んでくる。自然は大抵大らかで優しいのだけど、時にこうして厳しい姿もみせる。どうかこれ以上荒れずに、おだやかな自然へと戻ることを祈る。

外はその大雨の影響が少し残る空で、わずかに霧雨が舞う。今夕の愛犬の散歩はカメラを持ち出すのを諦めて、足早に帰宅。こんな日は、自室で過去の写真を眺めたり、静かな部屋で空シャッターを切る。幸いLeica M3にはフィルムが入っていなかったから、あのなんとも言えないニュルリとしたダブルストロークのシャッター巻き上げ、チッとかすかに聴こえるシャッター音を愉しむ。

M3のシャッターフィールを愉しんだ後、その21世紀版のLeica M-P typ240も数回シャッターを切ってみる。M3のチッというかすかな音と比べると、キャッチャというような少し元気な音を奏でる。それでもM3と比べれば元気というだけで、街中ではほぼ周囲の音にかき消される程度の音。M3とM-Pは共にボディ前面にライカの赤バッジもないから、こうして見ても実に地味で良い。ただただ控えめな存在感であること。僕が街撮りはほぼライカを選ぶ理由だ。

カメラは写真を撮る道具だけど、外が雨の日にこうしてカメラを眺めたり触れたりするだけでも愉しめるのは、大人の趣味としてはかなりエモーショナルで素敵だ。冷やっとした金属の感触、その金属の角やアールの造り込みを指でなぞる心地よさ、照明に照らされて表情を変えるプロダクトデザインとしての美。どれをとってもまったく飽きることなく、外は雨でも極上の時間を過ごすことができる。僕はこのほかにもいくつかのブランドのカメラを持っているけど、雨の日に眺め、触れるカメラとしての最高な機種はといえばやはり、M型ライカということになる。

新しいことにチャレンジするのは気持ちいい。それはカメラやレンズも同じなんだろうね。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

昨夜、Twitterに「コレクションするつもりはないのにカメラやレンズが増えていくのはなぜだろう」みたいなポストをしたら、カメラ好きの人たちが「気になったら欲しい!買いたい!と思う」とか「知りたい集めたい確かめたいってなるのは、男の子ならしょうがない!」といったニュアンスのTweetを返してくれて、みんな同じなんだと妙に安心したり笑、勇気みたいなものをもらったり。おもしろいよね、男は。

僕もほんとじぶんのことを呆れるくらいで、Leica M-P typ240を購入した時にはさすがにもうカメラやレンズは増やさない、いやカメラはもうライカ3台だけに絞り込もう、とか考えたんだけど、その後むしろカメラやレンズは増えていき、今はひとに台数を言うのもちょっと恥ずかしいくらいになってきた。

そのカメラやレンズが増えていく原因みたいなものはじぶんでもはっきりしないんだけど、あえて言葉にするなら「確かめたい」ということなんだと思う。まだじぶんが未体験なものを確かめたい気持ち。カメラなら一眼レフ、レンジファインダー、ミラーレス、二眼レフ、コンパクト…カメラを使えば使うほど未体験の世界をのぞいてみたい気持ち。レンズも、ボディとマウントアダプターのまだ見ぬ新しい組み合わせを試してみたいという気持ち。僕の場合は、カメラにハマっていったというより、この「確かめたい旅」みたいなものに出かけてしまったんじゃないかと思っている。

一眼レフから始まった旅は、僕の中で寄り道しながらもなんとなく必然であり運命のようなものも感じながらぐるぐると巡り、いまLeica X2を手に入れるに至った。RICOH GRもあるし、FUJIFILM X-E2もあるし、なんだったらM型デジタルもあるのに、なぜX2がいるのか。カメラに興味がない人からすれば同じようなデジカメがなぜ複数台いるのかっていう話だろうけど、確かめたかったんだな、X-E2のある夏カメラ生活みたいなものを。そして、またX2らしさを確かめたくてEVFを注文した。光学ファインダーとも背面モニターとも違う、EVFをのそいて撮る世界への確かめたい気持ち。いやあ、この旅は長いし、果てしない。どこへ行くのかも分からないけど、新しいチャレンジが今日とか明日のエネルギーになっているのは間違いない。ワクワクとかドキドキする気持ちを忘れないためのエネルギー。カメラやレンズとは特にその要素が強いように思う、男子諸君には特にね。

週末はデジカメで辺りを撮る。気負いのない50mmで撮る。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

この週末はデジカメだけで撮った。FUJIFILM X-E2+Jupiter-8 50/2、Nikon Df+Ai AF 50/1.4D、そしてLeica M-P typ240+Summilux 50/1.4 2ndの3台。デジカメはこのほかにRICOH GRとNikon D300を持ってるけど、今はこの3台が好きでメインで使っている。

なんとなく使い分けとして、平日は街をフィルムで撮り、週末はデジカメで撮る、そんな日々。週末はあまり街へ赴きたくなくて、自然の多い自宅の周辺でのんびり過ごしたり、ロードバイクで自然の多い道をひた走っては休憩がてら写真を撮るのがお気に入りだ。そんな時、デジカメのほうが軽快なんだよね。いろんな意味で。

レンズは50mm。広からず狭からず実にちょうどいい。街中のように背景の雑多な感じが写り込むのを楽しむ平日のスナップと違って、週末のスナップは特に面白みのある背景があるわけじゃないから、50mmで切り取る空間サイズがちょうどいいんだよね。それでいて50mmはマクロのように寄れるわけでもないから、切り取り方としては少々工夫を要する。その意外と簡単じゃないモノの切り取り方がなんといっても50mmの魅力だ。簡単そうで簡単じゃないところ。

50mm以外に、フィルムコンパクトならKonica C35が38mm、Rollei35が40mmだったりするけど、ふだん50mmに慣れてる僕からすると街中の背景が少し余分に写り込むからちょうどいい。あと、Rolleiflex StandardとFUJIFILM X-E2(APS-Cなんで35mm換算)は75mmの中望遠だけど、これも感覚的には50mmの延長線上でモノを少し凝視する感覚だから、ここでもふだんの50mmの目が役に立っている気がする。

iPhoneのカメラがたしか28mmくらいで、50mmに慣れるとそれがすごく広く感じるんだけど、例えばこの木と葉の写真なんかは僕には切り取る目線としてちょうど良くて、これがiPhoneだとシーンというよりは記録画像のようになってしまう。そう、50mmだとそこに僕の目が介在するようなシーンになるんだ。それがたぶん、僕が50mmに魅せられる理由だし、50mmが週末のスライス・オブ・ライフに合っているポイントじゃないかな。

あとは欲しいレンズとして35mmのズマロンなんかもあるんだけど、これはもうフォルムが好きなんであってね。あのコンパクトでクラシカルモダンなデザインがミラーレスのX-E2やM型ライカに実に合いそうで、ちょっと気になってはいる。でも35mmの焦点距離が気になってるというのとは少し違う。あのズマロンのフォルムで50mmだったら即欲しいんだけどな笑。というわけでたわいのない話だったけど、週末の散歩カメラにはデジカメと50mmが気負いがなくていいよ、という話でした。

僕にとってM-Pは、オールドレンズ 母艦デジタル機。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

Leica M-P〈typ240〉はいわゆるM型デジタルと呼ばれる現代のレンジファインダー機。もちろんレンズも現代のライカレンズを装着すれば最高の写真が撮れるのかもしれないけど、僕のM-Pにはオールドレンズ ばかりが装着されている。

Leica M-P typ240, Elmar 50/3.5

それは、もともとデジタル機が欲しいと思ったというより、「フィルムライカで撮っているスナップ撮影の感覚を、デジタル機でも得たかったから」ということに尽きる。Leica IIIaやLeica M3をストリートに持ち出して撮るアノ感覚をそのまま、デジタルに持ち込みたかったんだ。

Leica M-P typ240, M-Rokkor 28/2.8

果たして、そんなアナログな撮影感覚を現代のデジタル機で実現できるのか。結論から言うと、M-Pといくつかのオールドレンズ は、僕の期待いや希望に想像以上に応えてくれたと言っていい。それくらい、Leicaはデジタルにおいても「あの撮影感覚」を裏切ることなく再現してくれた。

Leica M-P typ240, Elmar M 50/3.5

厳密にいえば撮れる写真の風合いはフィルムとは違う。けれど、ファインダーをのぞいた感覚、マニュアルでさっとピントを合わせる、もしくは目測でカメラを構える感覚、そしてレンズの開放付近の癖であり味を楽しむ撮り心地というものは、間違いなくフィルムライカの延長線上にあった。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

オールドレンズの楽しみ方は人それぞれいろいろある。いちばんポピュラーなのはミラーレス機に各種マウントアダプターをかませて多種多様な往年のレンズたちを楽しむ方法で、SONYのα7系ボディが最も人気のオールドレンズ 母艦機。その秘密はレンズの焦点距離をそのまま使える「フルサイズセンサー機」ということになるだろう。

Leica M-P typ240, Jupiter-8 50/2

それでいえば、このM-Pもフルサイズ機なので、オールドレンズの味を焦点距離そのままに楽しめるし、なによりフィルムライカ同様、LMリングがあればバルナック用のスクリューマウント(Lマウント)レンズとM3で使っているMマウントレンズたちが実に簡単に装着できる。そのフィルムライカとデジタルライカの間をシームレスに行き来する感覚がとてもじぶんには合っていたように思う。例えば日中でもss1/4000のM-Pならレンズの開放付近で撮れるし、夜間スナップでも感度をiso3200くらいまで上げれば同じくオールドレンズのおいしい描写が楽しめる。

僕がM型デジタルへ行ったのは必然だし、それはデジタルを手にしたいというより、あのフィルムライカで撮るスナップ感覚をいつでもどんな状況下でも楽しめるという意味でのチョイスだった。ライカは、このフィルムライクに撮れる感覚を想像以上にこだわっているカメラメーカーだと思う。もし、フィルムライカの撮影感覚に感銘を受けてる人がいたら、それはたぶんなんの違和感もなくM型デジタルへ行ける。そして、それはなかなか頼もしいオールドレンズ 母艦機を手に入れることを意味する。

語ろうと思えば語れるけど、語らなくてもいいのが写真でありカメラ。

Leica M-P typ240, Carl Zeiss Planar T*2/50 ZM

このブログは「記憶をつづるカメラ」であり「カメラの記憶」でもあるから、カメラのことを書くことも多いんだけど、写真のことはあまり語らない。そもそも語る知識や技術がないこともあるし、何より語ると写真の世界が急に縮こまる気がして。

写真というのは絵を描くことなんかと違って、基本誰でもシャッターを押せば写真を撮ることができる。たから簡単だと言いたいんじゃなくて、誰でも撮れるからその分解釈も広くていいし、とても自由の許される表現だと思うんだ。撮る人、見る人によって無限といっていいくらい広いこの写真のありようを、あえて語ることで狭める必要もない。だから、写真に言葉はいらない、みたいに言われるのはちょっとわかる気がする。

一方でカメラはどうか。これは語ろうと思えばどこまでも語れるよね、こだわりの道具という意味で。けれど、語らなくてもいい。実際、写真は披露してもその機材のことを語らない人はたくさんいる。つまり、カメラや写真がいいなと思うのは、語ろうと思えば語れる楽しさがあるけど、だからといって一言も語らなくても成立するところ。意外とこういうモノ・コトは少ないんじゃないかな。

僕にとっては語ろうと思えばこのブログという場所があるし、言葉少なげで語らないならTwitterやInstagramみたいに、両方のアウトプットを行き来することを楽しんでいる。作品とか展示とかとは無縁だけど、だからといって物足りない感じはなくて、とてもリラックスしてカメラと写真との時間を楽しめている。カメラや写真の本当の奥深さとはそういうことなのかなとか考えている。

Leica M-P〈typ240〉とIndustar-61 55/2.8は、思いのほか相性がよかった。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

やっと来た週末、土曜日の朝、ふとロシアンレンズIndustarを持ち出したくて、M型デジタルのLeica M-P typ240に装着して散歩カメラへ出かけてみた。Industar-61 55/2.8はスクリューマウント=いわゆるLマウントだから、MLリングアダプターを介せばM-Pに簡単に装着可能だ。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

同じロシアンレンズのJupiter-8に比べると開放値もおとなしいf2.8だし55mmという微妙な数値からちょっと地味な印象があるレンズたけど、いやあ、おもしろかった。だからオールドレンズ はやめられない。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

一見控えめに見えるけど芯の強そうな人っているよね。このレンズの描写はまさにそんな感じ。この時代のロシアンレンズたちは、なんというか国家の意地というか、見た目の少々チープな造形からは信じられないようなプライド高い写りをする。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

こんな優秀なレンズが一万円もしなくて手に入るんだから、これは楽しまない手はない。フィルムで楽しんでもいいし、僕みたいにデジタルにマウント経由でかませて楽しんでもいい。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

そして、特筆すべきはその軽さにもある。Industar-61 55/2.8はコンパクトかつ軽量、Summilux 50/1.4 2ndと比べると驚くほど軽やかに持ち出せる。文字盤も暖色系だから配色として新鮮だし、フードをつけた感覚も実に端正でかっこいい。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

最短で1mまでしか寄れないけど、寄れないレンズにすっかり慣れた僕には特に困ることもない。むしろ寄れない制約が脳をクリエイティブにしてくれる。足で画角を探してまわる感覚がいいんだよね。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

やっぱりいいね、オールドレンズは。2.8のF値も55mmという焦点距離も特に目新しさも特徴もないわけだけど、そんなスペックに背を向けるかのように写りで勝負するロシアンレンズたち。僕がデジタルを楽しめているのは間違いなくオールドレンズ たちのおかげである。

平日のオフ、午後もデジタルで散歩カメラ。僕と愛犬とLeica M-P typ240。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

午前中にデジタルのNikon Dfのことを書いたから、午後はもう一つのデジタル Leica M-P typ240のことも書いておこうかなと。僕の日常的デジカメはほぼこの二台。Dfはほぼ週末用、M-Pは平日の街撮りスナップも撮るし、こうして休みの日に散歩カメラにも持ち出す。そういう意味では、M-Pがいちばん僕といる時間の長いカメラかもしれない。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

このカメラのよさは、なんといっても存在感の希薄さにある。つい先週末に職場の後輩の結婚式に持ち出したんだけど、ライカですねと話しかけてきたのは真横に座っていた少しカメラに詳しい同僚ただ一人だけ。さすがにプロの記録カメラマンたちからは凝視されたけど笑、あとの一般の人たちの多くは特に僕やカメラに視線をやることもなく、ただただ空気のように放っておいてもらえる。これは僕にはすごく大事なこと。街中でスナップするために手に入れたカメラだから、とにかく目立たないことが大事で、ライカの赤バッジが省略されたブラックペイントのM-Pじゃなければ、もしかしたら僕はデジタルライカを手に入れていなかったかもしれない。それくらい「目立たないこと」がこのカメラの最高性能だと思っている。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

それは、何も人の多い場所だけの話じゃなくて、こうして家の近所を散歩カメラする時も、どこか気持ちにホッとする感じをもたらす。散歩ですれ違う人に対しても威圧感がないし、愛犬とじぶんとカメラの時間に没頭できる自由さみたいなものがある。Nikonを首からぶら下げているとたまに話しかけられたり視線を感じたりするけど、M-Pだとまずそんなことはない。M3やIIIaの時もないかな。メーカーロゴがないというのはノーブランドのような自由さがいいよね。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

M-Pの操作や写りに関しては、個人的にはとてもフィルムライクで気に入っている。僕は背面モニターをオフにしてるから、AEで撮る以外はほぼフィルムライカと同じ作法で撮る。撮れる写真も、デジタルなんだけどどこかフィルム的な光と影のすくい取り方をしてくれる。オールドレンズを装着できるのもDf同様、僕には大事な要素だから、そう考えると言うことがないくらい僕のカメラ生活にフィットしてくれている。現代でもフィルムライカファンを裏切らないライカのこうしたこだわりは流石だなと思う。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

僕はいま、満たされてるのかな。こうしたぞっこんで惚れていられるカメラたちと過ごせてるからか、ここ最近は特に新しいカメラを欲しいという気はない。中古カメラ屋には寄るし、カメラたちを眺めるのは楽しいんだけど、欲しいというところまではいかない。近ごろ忙しいというのもあるけど、いま手にしているカメラたちと少しでも多くの時間、多くの枚数、撮る時間があればそれで満たされている、そんな感覚がある。そういえば、Rolleiflex Standard用に購入したリバーサルフィルムもまだ未使用のままだ。もっともっと撮る時間をひねり出さなくては。僕はいまそんなモードにある。